16日から27日まで、たまってしまいました。
申し訳ありません。
多田さんは、本当に素晴らしい人です。
日ごろから、人を大切にすること。
当たり前のことを自然に。
毎日こまめにできなかったので、今日は本当の量が多くなって、お許しください。
◎多田自然農場のブログから http://tadanaturalfarm.blogspot.com/
〇東日本大震災 最前線レポート 4/25
釜石の体育館、小・中学校の体育館は各町のコミュニティーを形成してきた方々、100~200人単位で生活を営んでいる。特に釜石は、今回の三陸の被災ラインでは一番高齢化率が高い。今回の大津波で店をたたむ人も多いのも、この高齢化が拍車をかけているらしい。私はこの活動をしながら、自立することの意味を常に考えている。
人は誰でも、その人の実人生だけ年を取っている。避難されている方々、あの体育館で一日ただ食をいただく、トイレに行く時だけ動いている。他は何をしているのだろうと思う。ただ悲しみをいだいていると、鬱になる。そこで何か手仕事をしたいといって、布と針と糸をみつけてやったら、おばあさんがティッシュの箱を入れる袋を作りはじめた。そうするとおばあさん、明るい笑顔と鬱が飛んでいったと、白須さんから報告がありました。
年とって外見も機能も落ちてくる。肉体と精神の機能低下をくいとめること。そのためには生活の第一線から引退しないことである。日常生活の営みを人任せにしないことである。仮設住宅に移るまで、一日2時間、体育館の周辺の草を取る、花を植えるという作業をやってはどうか。頭も運動機能もまだ十分なのに、一様に食事を自分で作らなくてもいいという状態が27日も続くと、どんどん老化へ走る。
自分の行動、知性、決定を放棄させてはいけない。どのような人も生活と闘わなければならないのである。
〇東日本大震災 最前線レポート 4/24
青森県弘前市から10人、釜石へ参上していただきました。「巨大アップルパイ ギネスに挑戦する会」新戸部さんが会長を努める、ユニークな方々です。
日本では最大のアップルパイで直径2メートル50センチ400個のリンゴを使います。その場で機械を設置し、3時間かけて焼き上げた熱々を皆さんに配食しました。その数ざっと2日間で1800個。釜石中学校、小川体育館の2カ所でみなさんワイワイいいながら盛りあがって行いました。がんばっている釜石市職員の方々にもふるまって副市長はじめ、みなさんから感謝のことばをいただきました。帰途、遠野風の丘で我が自慢のソフトクリーム食べてもらいました。今回、自費で4トントラックで資材、いっさい積み込み支援してくださるみなさんには、ただただ感謝のことばしかありません。また新しい出会いが、日本が前に進むヒューマンケミストリーを引き起こしています。日本が強いのは市民ひとりひとりの力強さです。
〇東日本大震災 最前線レポート 4/23
自立支援センターに続々といろいろな分野の方々が駆けつけてくれています。
23日土曜日、これからアフリカ・ミルクプロジェクトでお世話になる、日本リザルツの事務局長の白須紀子さんが、画廊の三河屋奥右衛門社長の石川さんと、ハイチから絵画を運んでくれました。地震で壊滅した経験をもつハイチと岩手県の釜石の縁結び。とても明るい絵画で、この絵とともに復活の日を迎える。遠野の教会に1枚、釜石の自立支援センター食堂に1枚、常にながめながら新しい風を起こしていきたい。現状から落ち着きをとり戻す時を待ち、釜石市へ寄附し、ハイチ絵画展をこの秋開催し、ハイチで張り切って活動している日本人シスターをお呼びして講演会をやりたいと思ってます。白須さんは今回で2度目の震災地入り。すごい行動力です。ぜひ政府の中木区に現状を報告し、日本のビジョン設定にご意見申しあげてもらいたいと思います。
〇東日本大震災 最前線レポート 4/22
「釜石被災者においしい麻婆豆腐を提供したい」
その思いを受けて、四川飯店 陳建一さん総勢9名が被災地のど真ん中で腕をふるっていただきました。
陳建一さん、陳建太郎さん、総料理長の菰田(コモダ)さん、(陳さんはホモダじゃないぞと言っていましたが)料理長の鈴木さんと中国料理界を代表する方々が釜石の被災地で麻婆豆腐、中華丼、コーンスープ、マンゴープリン、ラー油(ビン)、炭酸水を一人一人に声をかけて渡してくれました。釜石市民は本当に心から感謝してました。市担当者の廣田さんも「こういう被災現場に来てやってくれた人は陳さんがはじめてで、本当にありがたいです」と語ってくれました。
21日は200人分用意してましたが、予想以上の人が集まり、300人分22日千寿院に避難されている人たちを励ますために、100人分、計400人分ふるまっていただきました。赤坂四川飯店様、ありがとうございました。4トントラックで2台、ゴミまで全てもっていかれた姿勢に、ボランティアのあるべき姿を教えられました。食べた被災者「元気をもらえた」と言っていました。
〇東日本大震災 最前線レポート 4/21
鎌倉より吉川千香さん、渡辺さんご夫妻、建築設計学校の生徒 計8人、釜石・自立支援センターボランティアに参加しました。
吉川さんは鎌倉でシェ・チビオという家庭レストランを営んでいて、材料を見るなりメニューを考え、オリジナル料理を作ってもらいました。スタッフは本当にほっとしています。30食を馬力でもって作るパワーはすごかった。
渡辺さんは建築設計の先生で、大槌に足を踏み入れて、衝撃を受けていました。まだ大槌は遺体収容が進まず、ガレキ除きに行ってもこの問題でしばし作業中断。作業が進まないところは、この件で自衛隊、警察、医師等の出番ということになる。
私は復興、復活が進むとか遅いとか論議になる時、注意すべきは地域によって現場の状況が違うという認識です。リアス式海岸は湾ごとに塩分濃度と波力が違うから、できるワカメの肉の厚さ、うまさが違うように、今回の津波の力も一様ではなく、平均化して論議することはやめにしたほうが良い釜石の道路は小さな路地までガレキが除かれ、通行できるようになったし、町の銭湯も復活しました。
道路はしに積まれたガレキはバックホーでトラックに積みだされ、広くなってきました。
〇東日本大震災 最前線レポート4/20
釜石は日を追うごとに変わっています。仮設住宅は運動場、公園、すべての空き地に建設がはじまりました。急ピッチです。目標は5500戸。全ての被災者が入れる数です。市職員も休みなく働いています。相当疲れています。ガレキ除きも終盤を迎えています。自立支援センターのボランティアは火曜日を交替日として6泊7日で来ています。壊滅した大槌町へ出張しはじめました。京都から来た市議員の松本さんももくもくと働いて、体験者として語っていたことば「サポートというのは刻々変化していく現場にスピードをもってやらなければいけません」。その通りです。
「The Brigate of Bakers」にfacebookを通じて緒方香代子さ、川島みさこさんが参戦。この2人ル・コンドン・ブルーの卒業生。同じ釜のメシを食う仲間が夜通しパンづくり。
またそこにフランス人のエルヴェさんとりょうこさん、フランス人女性サラさんが加わり、それぞれの技を発揮してもらうよう、指示を出しました。
エルヴェさんはヒルトンホテルの調理場で働き、29日までボランティアスタッフの料理を担当してもらうことにしました。
〇東日本大震災 最前線レポート4/19
「facebook 」恐るべし
海外、それもフランス人が私の家に滞在してます。被災現場にあたたかいパンを届けたいという思いが行動を駆り立てています。それは全てfacebook。ルメ・パトリックさんが広島より最初に駆けつけました。ルメさんのパケットはおいしいと広島の友人、東さんが語っていました。しかし、パケットは老人では歯が立たない。柔らかいカレーパン、ベーコンがのったパン、菓子パン中心にお願いしました。次に来たのが台湾のカルフールのパン部門で働くギョームさん、ギョームさんはパトリックさんと遠野ではじめて「ボンジュール」。ギョームさんは台湾で物資を集め、被災地釜石へ送るという使命で大きな箱、5箱とともに私の農場、工房にきました。ところが、パン生地をこねる機械がない。もうこれは手ごねしかない。300個のパンの製造は夜の10時から明け方4時まで、3日3晩連続で行いました。
その名は「The Brigate of Bakers」Tシャツをつくり、日本、台湾、フランスの共同製造がはじまりました。私の長男の嫁、多田梢も3月菓子学校卒業でさらに製造部長の荘司こずえも加わり、眠らない工房となりました。
〇東日本大震災 最前線レポート4/18
ここ一週間近く書くこともできず、皆さんお許しください。
私、死んではいません。4月18日よりすさまじい日程をこなしていました。ひとつずつ書き留めていきたいと思います。
今被災地へ、いろんな方が応援に入ってきています。被災者もそれに勇気づけられる場面、逆にこちらが人として学ぶ場面、多くあいます。
北上ブルードネージュの主幹パティシェ織笠幹一さんが300個の生ケーキ、6種類作って被災現場に駆けつけてくれました。ボランティアの方々も、見た瞬間歓声をあげました。元気が出る食べ物、そのひとつが生ケーキです。
織笠さんはフランスのアルザスで修業し、いつ食べても幸せを感じる確かな技術を持った方です。一緒に釜石へ行き、被災者の方、ボランティアの方、1個1個ていねいに配りました。こういう手作りをして持っていくと、被災された方々は、大事にされていると思い、自立に向けて少し前向きになると思います。イチゴのタルト、ショートケーキ、オムレット、チョコレートケーキ、シュークリーム、ロールケーキ。
ボランティアスタッフは毎日朝8時半より午後4時までガレキ除きの仕事、物資の仕分けでチームごとに動いています。1週間に1度、ボランティアスタッフのスタミナ会をやっています。今回は焼肉の他に焼きそばを得意とするボランティアが自慢の腕をふるってくれました。
〇東日本大震災 最前線レポート4/17
「食の力を釜石へ」このプロジェクトは世界中から釜石へ応援していただき、復興へ足がかりをつけたいという考えで行います。いろんな申し出があり、感謝の中で実行します。
1)「The brigade of baker」パンの旅団が遠野の多田自然農場の工房で毎日パンを焼き、釜石の被災された方々に送り届けるものです。4月18日遠野入り。アトリエ・ココの草羽祐里さんの紹介で、フランス人シエフ、ルメ・パトリツクさんを知りました。台湾からギョームさんがこの一行に加わり、支援物資85kgと一緒に釜石へ届けられます。19日から25日まで滞在し、日本-フランス-台湾の食の架け橋です。
http://www.facebook.com/video/video.php?v=125287977549516#!/pages/The-brigade-of-Baker/202315206465833
4月17日コルドンブルー卒業生有志が広尾の有価川宮記念公園で出発のチャリティーパーティーを開催と連絡ありました。私のズーズー弁とフランス語と台湾語が農場にこだまします。草羽祐里さんと洋菓子教室の生徒さんみなさんに感謝いたします。
2)4月20日から鎌倉家庭レストランを営んでいるシェ・チビオの吉川さん、渡辺さん夫妻が応援に車をとばしてくることになっています。自立支援センターのスタッフの食事作りとガレキ搬出の仕事です。
3)4月21日、22日 赤坂四川飯店の陳建一さんの息子さん、陳建太郎さん一行10名麻婆豆腐他絶品中華を避難所に届けます。
〇東日本大震災 最前線レポート4/16
応援スイーツ
釜石はちらほらサクラが咲きはじめました。
4月16日 岩手を代表するパティシエ 織笠さんが避難されている人とボランティアスタッフ計350人分のスイーツを持って自立支援センターに駆けつけてくれました。手作りの生ケーキはふたをあけたとたん、ワァ~オという歓声のこだまが響きわたりました。織笠さん本当にありがとうございます。この夕方、食事はセンター恒例となった焼肉パーティーです。さらに伊瀬さんが鉄板焼きソバをふるまいました。ボランティアは釜石の他に大槌にも出かけています。今日、京都の京丹後からまた2回目の出動として来てくれた新潟、六日町からと全国から集まった28名がスタミナを養っていました。
避難所は自立に向けて動き出さなければいけません。その対策をミーティングしました。仮設住宅や空いていたアパートに入るとき、台所器材が必要となります。東京の野田ホーローの野田善子さんから、ホーロー鍋家庭用をトラックで一台配送申し込みがありました。うけようと思います。自立支援センターにローカルデザイン研究会の鈴木さんと講談社の見田さん、現地調査に入られました。
◎世嬉の一酒造株式会社の佐藤 航さんから 4.22
先日はお疲れ様でした。
先生や山口さんとお会いしてまた元気をもらいました。
いろいろやってみたいと思います。
先日、突然内藤先生がお見えになりました。
時間がない中、建物を見ていただきました。
抜本的にやる必要があるねといわれました。
頑張ります!
四万十ドラマの畦地さまからもご注文を頂きました。
先生のお力添えで、本当にいい人たちと知り合えるようになりました。
それを受けいれる器を身に付けなければと思います。
本当にありがとうございます。
〇世嬉の一の佐藤さんから 4.25
はがき商品券作成に必要なものがありましたら御連絡下さい。
今、一年間でお客様に喜んでいただくための商品を社員と相談しております。
2-3日にお出しいたします。よろしくお願いします。
現在、一関市にも多くの方が非難され生活しております。
世嬉の一では、たんぽぽの会(当社専務の企画立案ですが)というものを設立して、
その非難した方々の生活物資支援に切り替えました。
今回は、いらなくなった自転車を集め、一ノ関で新しく生活する人にお分けしたり、
当社の蔵を整理して使える食器や台所用品などを配ることを始めました。
世嬉の一自体は、29日に新幹線が開通するので、そのときに少しでもお客様がくればいいかなぁと思い、社員とともに準備をしております。
(仕事をつくるため、蔵の大掃除をしています。パート方々にも来ていただいておりました)
◎花巻市の小原ナオ子さんから 4.19
去る16日土曜日、土砂降りの中でお目にかかりました、東和町の小原ナオ子です。
その節は、お立ち寄り頂きまして、誠にありがとうございました。
また、気さくにお話いただきまして、心から感謝しております。非常に楽しく愉快なひと時でした。
その後、被災地を広く訪問されたとのことですが、いかがでしたでしょうか。
お話した今後の支援策については、連休明けに具体的に動き始めたいと考えております。
さて、土曜日にご紹介いただきましたNHK解説委員の後藤様よりご連絡をいただきまして、本日午後にお時間を頂きお話いたしました。こちらからご連絡を差し上げるところ、対応が遅れておりましたら、後藤様より仙台にお問い合わせを頂いたものです。恐縮しております。
結論から申し上げますと、非常に丁寧かつ真摯に対応いただきまして、誠に恐縮しております。同時に、心から感謝しております。今後、どのような形で活動を展開し後藤様のお力添えをいただけるか、常に念頭に置き、考えながら活動して参りたいと思います。非常に有難いご配慮をいただきまして、誠にありがとうございました。
また、ドイツから届けられたおもちゃにつきましては、土曜日(23日)に他の物資と共に広く提供できる場を設けることといたしました。被災地で開設し始めている託児所や保育園にも届けたいと考えておりますので、猿舘さんと話し合った結果、23日はおよそ半分を提供するにとどめる事といたしました。既に猿舘さんから連絡が入っているかも知れません。重複いたしましたらお許し下さい。
以上、お礼とお知らせをいたします。
今後とも、ご支援ご教示頂きますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
◎ハーティネットとうわ 代表小原ナオ子さんから 4.19
この度は、「ハーティネットとうわ」の被災地支援活動に、多大なご支援ご協力を頂きまして、誠にありがとうございます。
「ハーティネットとうわ」では、花巻市内及び近隣地域へ避難している被災者や、被災者のご家族あるいはご友人をお持ちの方々を対象に、皆様から届けられた心のこもった品物を広く提供する機会を企画いたしました。特にも、乳幼児がいる被災者にいらしていただきたいと考えております。
つきましては、当日のご案内を「プレスリリース」として作成しましたので、添付のうえ送信し、皆様にお知らせいたします。皆様には、事前告知をお願いするものではなく、あくまでも現場の活動のお知らせとして送信いたしますので、予めご了承願います。
また、このプレスリリースは岩手県内の報道関係者にも広くご案内、事前告知と当日主催の依頼をするものです。
日々の活動報告もままならないため、皆様におかれましては、なかなか現場が見えない状況が続いているだろうこと、推察いたします。ご支援ご協力を頂いております者といたしましては、非常に心苦しく思っております。申し訳ございません。この度のプレスリリース資料で、活動の一端が伝わることを切に祈っております。
23日の準備は昨日から本格的に開始いたしました。前回の活動報告2でお知らせしたとおり、「家庭パック」を作成する作業と同時進行です。今日現在、「家庭パック」は20数個完成しております。今日までで30個ほど完成させ、他の品物は食器を含め全て、23日に提供しようと考えております。
また、東和温泉における物資提供は、4月27日午前で終了することといたしました。バスで被災者を送迎する活動を展開している多田農園さんも、ちょうど4月一杯でこの活動を終了するということでしたので、非常に良いタイミングで終えることが出来そうです。併せてお知らせいたします。
以上です。
今後も、変わらないご支援ご協力を賜りますよう、改めてお願い申し上げまして、お知らせといたします。
※小原さま
あなたの動きや判断が、私には印象に残っています。学ばねば。
いましていることも、あなたがこれまで気づいてきた、世界とつながる日本人のネットワーク、当たり前に一人の人間が築ける支援の素晴らしさを教えていただきました。
そして、一人の人間の行動力でも、多くの人の支援をできることを実感しました。
さらに、いまの物資の支援をやめることへの決意。
被災者の人のことを真に願う、自立へのワークショップはあなたの信頼から、実現できると思います。
キッチンプロジェクトも面白いですが、保健所の問題があると、その後菊池さんから聞きました。
内閣府の舘逸志さんから、今後、こうしたことの規制緩和を進めrので、申し出てくださいとのことです。
また、保健所の許可を得たキッチンカーという手はあるようです。
この車は、その後も長くいろいろ使えると言うことで、少しお金はかかりますが、可能性は高いと思います。
ドイツのおもちゃ、いいですね。
子どもはきっと喜びます。
ドイツで子どもたちが使っていたものを提供する、その精神が伝わってきます。
池田さんに感謝です。
池田さん、ありがとうございました。
マスコミの取材が、こうしたきめの細かい動きを注視しないことで、
そこは残念です。
NHKの後藤さん、ありがとうございます。
マスコミは大きなこと、話題になることを先に意識して、シナリオを作って意図的につくっていくから、事実を伝えないと、あなたは言いましたが、その後も現場を見てみて、そのように感じました。
あらかじめ作っていき、現場の取材をします。
職業人の狭さを感じます。
小原さんの指摘は鋭く、現場を良くしていくのは住民からするしかないですね。
地元のメディアは東京を意識しすぎて、地元の人のメディアであることを考えてはいません。
とにかく、被災地がすぐ過ぎ、広域過ぎ、自分が見ている地域があまりにも少なく、現場に声もまだほとんど聞いていませんし、避難所やあなたたちの支援の現場も見ることができませんでした。
自分のできることは、小さくてもいいから、あなた方のように、しっかりやっていくことです。
とにかく、あなたとのコミュニケーションを今後もしていきたいと思います。
学ばせてください。
この場を借りて、猿舘さん、2日間、ありがとうございました。
宿がなくなり、機転をきかしていただき、泊めていただきありがとうございました。
長い時間、お忙しい中を、わがままな私たちの要望を忍耐強く聞いていただき、
お詫びと心から感謝しております。
はがき商品券、しっかり進めていきます。
こっぽら土澤のことも支援していきます。
また、連絡しますね。
心から、ありがとうございます。
◎池田憲昭さんから多田さま、庄司さまあて 2011.4.18
ビデオありがとうございます。
ミサの主催者チームに観てもらいました。
少し長いので、1時間のミサの中に入れ込むのは難しい、という見解です。
カトリックとプロテスタントの代表、フランスの代表、ウクライナの代表、ドイツに長く住む日本人の修道女の方のメッセージ、3国の演奏、と盛りだくさんの1時間で、遠野のエンデレレ神父のメッセージを流すのは、時間的に厳しい、と返答がありました。
せっかく、送っていただいのに、大変申し訳ありません。
ただし、メッセージは無駄にはしません。関係者からは、「エンデレレ神父のメッセージは、別の場所で、別の機会に、ぜひ使いたい」と言われました。
フライブルク周辺の自治体のカソリック、プロテスタントの教会で、日本の震災や原発被害をテーマに、イベントやミサを行ないたい、という希望がたくさんあります。
私が、神父のメッセージをもってそれらイベントに出て、多田さんらの活動も紹介し、寄付金を集めたいと思います。それが実現すれば、半分は、カリタスインターナショナル(カソリック教会の場合)またはディアコニー(プロテスタント教会の場合)、半分は多田さんらの活動に寄 付できるようにしたいと思っています。
フライブルクの大聖堂でイースターの月曜日に集まる寄付金は、カソリックとプロテスタントの共同のイベントなので、カリタスインターナショナルと ディアコニーに半分ずつ寄付することに決まりました。
◎荘司さんから池田さま 4.18
いろいろありがとうございます。
ビデオの件、了解いたしました。どうぞよろしくお願いいたします。
インターネット上で観れないこともあると思い、fileにしましたので、別途別のアドレスからお送りします。
また義援金の件ですが、国際カリタスの振込先を聞きましたので、お送りします。
https://secure.caritas.org/donation.aspx?DonationTo=E&Emergency=34
カリタスジャパンから「遠野教会そして関係者の皆様、ならびにドイツの皆様へ心からお礼申し上げます」とのことでした。
◎猿舘さんからドイツの池田さまドイツよりおもちゃが届きました。4.18
ありがとうございます。
かわいい夢のあるおもちゃがたくさん!!
きっと子どもたちも喜んでくれることでしょう。
到着翌日に、鈴木先生、山口八重さんが小原ナオ子さん宅(支援物資ステーション)を訪問。
鈴木先生、山口八重さん、小原ナオ子さんとともに、おもちゃの箱を開けました。
グットタイミングでした。
おもちゃの提供先については、2,3候補が上がっています。
おもちゃの提供先がきまりましたら、またお知らせいたします。
まずは、お礼まで。
ありがとうございました。
◎三宅島の土屋広之さんから
お忙しい中いつもメールをありがとうございます
相変わらず、反応が遅い土屋です
本当は避難中に皆さんにお世話になった分、いち早く動かなければならないのに、申し訳なくおもっています。
自分が経験した三宅島の災害は、1983年に一集落が溶岩で埋まり、2000年の全島避難とですが、幸いにも一人の死者も出ず、大きな東京都の中で、たかだか4千人に満たない島民を支えて貰ったので、とても恵まれた被災者でした。
この大規模な被害をみると、自分にいったい何が出来るのか何も思い浮かばずにいます。かと言って、現場にもいけません。
なさけない事にこの安全な場所から、まるで対岸の火事のようにながめながら祈るのがせいぜいです。
そんな中、現場を肌で感じてくるとのこと、とても大変でしょうが、気をつけて行ってらしてください。
それから、ハガキ商品券ですが、ポスターなどを掲示して販売など可能ですか?
そんな方法でよろしければ扱わせてもらえればと思います。
なにぶん小さな処ですのでたいした役には立ちませんが。
とにかく、何も出来ずにすみません。
まとまりの無い文ですが、最後に、やはり体が大事です。お元気でいてください。
◎岡崎恭子さんから 2011.4.15
鈴木さんのあついメールに背中をおされてしまいました。
私が行った被災地の想いも伝えたいと思います。
4/9~11、福島の南相馬市から南三陸町まで、波にさらわれた延々200キロの海岸線。
改めて、私の生業である建築や土木の限界です。
ライターの山根さんに同行したので、各地で現地の方とお会いしました。
☆原発30キロ圏内の「南相馬市」で病院の院長にお話を聞きました。
自主避難が1ヶ月を過ぎ、お金の尽きた住民が続々戻ってきています。
4/4から診察を再開でき、1日100人以上の来院者を一人の医師がみているそうです。
この圏内は『患者を入院させることが禁じられている』病院の雇用が取り戻せない。
実は、岐阜の医師グループが支援を申し出て「今何が必要か」をうかがうための面会だったのですが
「インフラもある、医者がいないわけではない。
何重にも縛られた規制が外れれば、病院の機能はすぐにも復活できます。
今は自衛隊に薬を運んでもらっています、制約がなくなれば医師もスタッフもみんな帰ってきます」
街の中は1/3くらいの商店が開いていました。寿司屋も美容院もラーメン屋も。
線量計を持っていったのですが、南相馬市は全く問題のない数値でした。
でも人の活気を感じない「静か」さがありました。
単に同心円を描いた原発圏内はさまざまな規制で、ボランティアも薬を運ぶ宅急便も来れません。
復興への希望がもてないのです。
☆「石巻市北上町十三浜大指」という避難所に宿泊しました。
とても判りにくい場所です。この小さな避難所には震災直後は全く何も届かなかった、
収容作業も後回しにされているような漁村です。
三十数件の集落のうち、海岸に面した13件は波にのまれてしまいました。
瓦礫も海も手付かずで、舟も転覆したまま。
ゆたかな生計を生む漁業が壊滅的。
「3日間大型クレーンが来てくれて海を掃除してくれれば、漁業が再開できる」のに、
小さなムラの順番はなかなかやってきません。
でも、この大指地域はこころ豊かなコミュニティに守られています。
大半の長男が漁業をついでいるとか。赤ん坊はみんなの「孫」、高齢者はみんなの家族。
若い彼らが団結して、大指の150名を一手に、十三浜の他の地域も手助けしているようす。
自分達で何でもつくっちゃう、海藻をつけるプールを改良した仮設風呂、150人分の食事、
足りないものは自分達のツテで発電機もテントも入手して。
山根さんと仲間が直接支援しています。いまは食料はたくさん届いていました、
事前に聞いても「何が欲しいかが判らない」。
とはいえ、リクエストは「女性の下着と白髪染め(!?) ビールとたばこ、絵本」など。
下着はおばあちゃん達が喜んで選んでいる、若い女性は残りを分け合う…素敵でした。
夜はみなさんと遅くまで酒をかわしてさまざまな話題。
「どうしても」と進めてくださったので仮設風呂にも入りました。
拾ってきたバスタブでつくったばかりの自慢の風呂です。
もちろん寝袋も食料も持っていってたのですが、友人をもてなすような心地よさ、
気がついたら朝食にみそ汁と漬け物まで、つくって下さっていました。
彼らの悩み、は、『家族で一緒に住める仮設住宅』。
仮設住宅を10件でよいから…と用地を確保して待っています。
ん~~これは我々に支援できる範囲ではないな…申し訳ない気持でいっぱいです。
もうひとつは、子ども達の学校問題です。
「十三浜の7つの小学校を1ヶ所にまとめて一緒に教育する」という決定に親は大憤慨しています。
避難所を訪ねる前は、なぜなのか不思議でした。
でも、訪ねたらとても理解できました。
その1ヶ所の学校に通うためには、甚大な被害を受けたまま瓦礫が山積みにされた
いくつものムラを往復しなくてはならないのだそうです。
やはり現地に行かないと、こころは判らないんですね。
たまに避難所に、先生が教えにきてくれているそうです。
避難所の横に、仮設住宅用のとても広い敷地が確保されていました。
できればここに小さな分校をつくりたいそうです。
学校作りなら、ほんの少し役に立てるかも、けれど、どこまでできるか、
ちょっと立ち上がってみようかと思っています。
私が外のテントで夜遅くまで話していた頃、お酒を飲まない知人が避難所で女性の方々と長い時間を過ごしていました。
翌日「昨晩は普段と違う会話ができて、本当に久々に熟睡できたの」と、
おっしゃっていました。我々が行くことを喜んでくだるなんて…。
☆南三陸町は海の孤島のような「志津川病院」の映像が目に焼き付いています
この地は…ただただ立ちすくむだけでした…、
安全なはずの「指定避難建築」の無惨な姿…。
TVでもたくさん報道されているので省きますね。
ただただ…「静か」な現地でした。人の息吹が感じられない…。
収容作業もしてるし、重機も動いているのに、津波が有無を言わさずすべてをさらってしまい、殺してしまったからでしょうか。
お気をつけて行っていらして下さい。
◎戸矢さんから
緊急提言シンポジウム「森と海をつなぐ日本の再出発」のご案内です。
東日本大震災後、日本の再出発とも言える今後の復興にあたり、「森と海をのつながり」をベースとしたこれからの新しい日本の姿を考え、提言するシンポジウムです。
日時 : 5月12日(木) 19:00~21:00
場所 : スパイラルカフェ(スパイラル1階) 詳細はこちら
パネリスト
畠山重篤 (NPO法人森は海の恋人代表)
C.Wニコル (作家、環境保全活動家、探検家)
稲本正 (NPO法人どんぐりの会、オークヴィレッジ代表)
高見裕一 (元衆議院議員)
大熊孝 (新潟大学名誉教授、河川工学専門)
司会
宮林茂幸 (東京農業大学教授、美しい森林づくり全国推進会議事務局長)
http://d.hatena.ne.jp/mizuyama-oyster-farm/touch/20110426/13037948
◎小西玲子さんから
H&C財団の調査でお世話になっている小西です。
鈴木先生から、精力的に活動していらっしゃるご様子のメールをいただいていて、お返事をしなくてはと思いつつ、
こちらはこちらでばたばたしていて落ち着かず、お返事その他遅くなってしまいました。
ほんとうに大変な災害になってしまいました。
私も微力ですが、役に立ちたいと思っています。
私たちのNPOでもようやく何をしていこうか決まりました。できることをできるだけという感じです。
遅ればせながら、今日ローカルデザイン研究会の支援金に振り込んできました。
(夫の名義ですが)
4月22日研究会にお誘いいただきましたが、先約があり伺えません。
今後とも膨大な情報をお願いいたします。
それでは取り急ぎ。
◎檀さんから 4.18
ありがとうございます。
4/29~5/4までは現地にいることができる予定です
(その間、気仙沼大島の友人宅を訪ねます。
また、連絡があれば、歌津町も訪ねるかもしれません)。
よろしくお願いします。
◎原研哉さんから 4.22
いま、日本中の「考える人」は考え
「動く人」は動いています。
ただし、ここは本当によく考え、しっかりよく見て、
被災者にとっても、日本の人々にとっても、
世界の人々にとっても、
プラスになるようなアクションは何なのかを
見定めていかなくてはいけないと思います。
僕も必死で考え、やるべきことが見えたら、躊躇なく動きます。
そのときにはまた、よろしくおねがいします。
温泉以外でも、ご一緒できてとても有意義でした。
感謝いたします。
◎猿舘祐子さんから 4.22
4月16,17日の岩手県被災地視察にお越しの皆さま、お疲れ様でした。
そして、現地の菊地新一さん、多田克彦さん、佐藤航さん、
今回の視察に対してご協力いただきまして、まことにありがとうございました。
現地をまわり、被害が点ではなく帯状なのだと、改めて実感いたしました。
また、その被災地の中でも、自分の立ち位置をしっかり持ちながら、
支援をし続ける3人の姿に接することができ、貴重な時間を持つことが出来ました。
原さんの近未来、菊地新一さんの縄文、今後の復興を考えた時、
どちらの考え方も不可欠なものと考えます。
しかしながら、当事者である「そこ」に生きていく住民のみなさんが
どうしたいのかが定まらない限り、「そこ」での生活は見えてきません。
津波にあっても、「そこ」で生きていきたい理由を考えました。
土地への執着、生活の基盤、祖先を守る、墓を守る。などなど。
よくよく考えた末、気がついたことは、
「そこ」に住んでいる人たちの日常生活の愛着でした。
自分が朝起きてから、寝るまでの当たり前過ぎる日常。
「そこ」に、彼らはもどりたい。
贅沢も何も言わない、津波にあう前の日常に戻りたいだけ。
それだけなんだと、思います。
でも・・、戻れない。もう・・、前に進むしかない。
どこで、生き方の切り替えができるのかが焦点になっていくものと思います。
一人一人ができることは、決まっていますが、
集団になったときに、ネットワークとして動き始めた時、
個人以上の力を発揮するのでしょう。
ローカルデザイン研究会のネットワークも、
今後大きなうねりとなって動き始めるような気がしています。
梅原さんのデザインは、いつもながらやる側をやる気にさせてくれます。
後押ししてくれます。元気でやるぞ!って思えるデザインです。
今回も、笑顔を忘れていた私たちにとって、大変だけど笑ってやろうよ。
と、肩の力を抜いて取り組むことが出来そうです。
全国どこでも、笑顔の親戚になれたら、そんないいことないですよね。
全国の笑顔の親戚のみなさん、今後ともよろしくお願いします。
◎日本デザインセンターの鍋田さんから 4.19
この度はご多忙の中、私たちの視察にあたり、現地の方々をご紹介いただきありがとうございました。
鈴木さまの人脈の広さと濃さには驚くばかりでした。
おかげさまで、今回の震災の被害が如何に甚大であったのか、また、猿舘さま、多田さま、菊池さま、佐藤さまをはじめ、現地のみなさまが地元の復興に向けて、前向きな努力をされているのかを垣間見ることができました。
原は行政機関などから意見を求められたり、自らこのような状況に力を発揮できないか、日々考えている所ですが、今回の視察で、あたためてきた計画に可能性を感じたようです。
一方、より慎重に進めて行く事が必要だとも申しております。
これからは、視察で得た極めて貴重な体験を元に、被災地のみなさまの未来が少しでも明るい方向に向かうよう、お力添えができればと思っています。
佐藤さまのはがき商品券のプロジェクトも、ローカルデザイン研究会からはじまり、さらに多くのユーザーに広がっていくとよいですね。
それでは、重ねて感謝申し上げると共に、
またの機会にご一緒できることを楽しみにしております。
◎日本デザインセンターの内田 奈緒さんから 4.19
週末は被災地の現場を見るにあたって、全てご調整頂き、本当に有り難うございました。
皆様が大変な環境の中、体調不良で途中退去するなど、本当にご迷惑をおかけしましたが
無事回復してきました。
大槌と釜石のあの光景、あの空気が全身に焼き付いていて今でも胸が痛みますが、
実際に現場を訪れ、猿舘さま、菊池さま始め地域の方々のお話も伺えて本当に貴重な時間でした。
鈴木さまの仰る通り、今回は極々限られた部分しか見る事が出来ませんでしたし、
私は実際に被災した方々のお話を聞く事ができませんでした。
ただ今回肌で感じたもの、地域の人達の言葉から垣間みれた複雑に入り交じる感情は、
今後自分なりに復興のあり方を考え、整理していく上での原点となりそうです。
あれだけの瓦礫の山となってしまった被災地は、地形も、人々の気質も、コミュニティのあり方も、
個々に異なると思いますが、色々な変化を伴いつつ今後新しく魅力を持つ未来都市として
再生されていくのだろうと思います。私もまた現地を訪れ、そのためにどう動けるのか考えていきたいです。
日曜日、皆様と別れたあとに、萬鉄五郎美術館に行き(開館していました)、
佐々長醸造でみそと生醤油、つゆを買って散歩しました。
街かど美術館の時期にまた訪れて、この街のエネルギーにもっと触れたいです。
また日本のこと、色々と教えてください。
改めまして、この度は本当に有り難うございました。
またお目にかかれるのを楽しみにしておりますので、引き続き宜しくお願い致します。
◎アーバンデザイナーズアソシエイティッド(UDA)の加茂 洋さんから 4.23
また、いつも情報提供ありがとうございます。
地域・人が結びついていく様子が先生のメールから伝わってきました。
頂いている情報から、メディアでは分からない被災地の方々や支援をする各地域の
人々の顔が見え、さまざまな提案や支援策も知る事ができ、
また今まで知らなかった地域や東北の商品を知る事もできました。
まずは本業をしっかりとこなす事を第一に、復興を支援するのが良いと思っていますが、
自分にも出来る事はないかと頂いたメールを整理していました所、
頂いた情報を元にしたHPを作る事ができないだろうかと思い、お話させていただきました。
地域ごとに分類する事で、地域が見え、地域を知る事ができると良いなと思っております。
震災以外の地域の情報も少し載せる事ができると良いのではないかと思っています。
先生たちの活動に支障が出てしまったり、負担になる場合もあるかもしれません。
また、プライバシーや著作権の問題もある思いますので、
まずは、たたき台のHPをご参照いただけたらと思います。
http://www.geocities.jp/civic_assets/index.html
・現時点ではアドレスを知らないとたどり着けないようになっています。
・ブログの文章・写真やメールの掲載の許可も頂く必要があると思っております。
個人のアドレス、携帯番号なども抜いております。
懸念点として、更新頻度、掲載量、継続性があると考えています。
仕事柄なかなか時間が取れないため、すぐに更新出来ない事と、
全部を掲載できない事から、主要部分を抜粋する必要があると考えています。
その為、全情報と最新情報は、LD通信ブログを参照するような構成としております。
また、いつまでできるかという継続性の問題があり、どこかのタイミングで
もっとふさわしい管理者やシステムのもとに移すか、区切りをつけた方が良い場合もあるかと思っております。
以上のような懸念点はありますが、まずはやって見ようと思っております。
問題がないかなど、ご確認頂けたらと思います。
それではまた、よろしくお願いします。
※加茂さん、ありがとうございます。
わたしもできればと思っていました。
はがき商品券を独立させてください。
〇加茂さんから返事
ありがとうございます。
はがき商品券は、取り急ぎメニューを独立させ、資料の絵を一部に使ってみました。
資料を見させて頂き、とても楽しいハガキになっていて、私も元気を頂きました。
はがき商品券の公式サイトとの兼ね合いもあり、こちらは報告的なものになるのかなと考えています。
◎江戸川大学の惠 小百合先生から 4.25
4月23日から24日に現地を見てまいりました。
23日に、茨城県の大洗町を視察しまして、大洗町の農家の方々から野菜と
野菜の種、土を預かり、仙台に入り、これらをお渡しし、東北水環境ネットワーク、
東北学院大学、宮城大学の方々との情報交換しました。
24日に、朝6時から東北学院大学の平吹先生の案内で、
仙台市の名取川河口付近、下水処理場、瓦礫や車の分別集積所等の視察をしました。
そこから、遠野経由で、釜石まで行きまして、釜石港、大船渡、陸前高田で、
野菜の種や植えるためのビニールポットと土を
支援物資として、お預けしてきました。
野菜は、水と太陽さえあれば、育てて、その場で、摘み取れば食べられる
ベビーリーフやるっこらの種で、新鮮なものを食べていただければと、
持っていくことができました。
また、いつかおめにかかれましたら、お話しをおうかがいできると幸いです。
◎角谷諭三郎さんから 4.22
色々とお疲れ様です。また、ありがとうございます。
以下は私が1982年から会員を続けているNPO法人幼い難民を
考える会の被災地での活動予定です。
この会は元々、1980年にタイの難民キャンプに逃れたカンボジア
難民たちの保育支援のために東京の保母さん達が立ち上がって
結成されたものです。現在もカンボジアで保育支援事業、女性の
自立のための織物事業などを行っています。
阪神大震災の際には、私が「被災児童の心のケアが必要」と同会に
働きかけた結果、長田区で一ヶ月か二ヶ月の短期間でしたが、あおぞら
保育を実施しました。
メーリングリストやLD研究会のブログには、
<幼い難民を考える会(CYR)では、被災した子どもたちの
ための「あおぞら保育」を始める準備を進めています。
東京では、保育や子ども心理に詳しい専門家による支援
チームが立ち上がって、震災後の子どもたちの心のケア
のために必要な遊具や教材の種類について話し合いを行
いました。
遊具・教材は購入するほか、優しいぬくもりが伝わるよう
に手づくりのものも取り入れます。第一弾として、30セットを
「あおぞら保育」の場所や避難所・仮設住宅などに寄贈して
いきます。活動場所は決まり次第、随時お知らせします。
きれいな状態の絵本やキャノンプリンターPIXUS iP4200対応インク
その他を募集しています。
詳しくは、http://www.cyr.or.jp/cyrblogs/index_000241.html>
という形で紹介して頂いて結構です。
◎熊本県の田中正子さんから
東北の現場の様子はとても気になっていました。
報道が全てではないことは、
広報の仕事をしているときに身にしみていましたので
本当の東北の情報が知れてとても助かりました。
私個人は、被災者支援をしているNPOへの寄附という形で
細々と後方支援をしています。
自分が中心となってアクションを起こす状況にない、
そのパワーもないのが歯がゆいです。
実は私の友人のジョアンが現在北京のカナダ人学校で働いています。
東京に居たときのルームメイトで
鈴木さんも数回会ったことがあると思います。
彼女が学校の生徒と保護者に呼びかけて
被災者に向けた支援(単なる義捐金集めではなく)をしたいと言っています。
現地の団体のニーズに合った支援、
支援を通じて交流や学びができるようなこと(これは私の希望ですが)
が提案できればいいと思います。
鈴木さんのご存じの範囲でこの件について相談できる方、
あるいは活動されている方につなげていただけないでしょうか?
今回の被災者支援は長期にわたるものと思いますので
支援の機会はまだまだあると思っています。
マッチングを急いでいるわけではありませんが
近いうちにサジェスチョンをいただければ幸いです。
少し余裕ができた頃にでもご一考願います。
ちなみに、熊本県からも数名ずつ宮城県へ職員が派遣されています。
派遣職員にとっても多くを学び、
そして地域運営、地域と行政の関係、一住民として何をすべきかを
考えなおす機会となっていると思います。
生きる、生き延びる力が試される時ですね。
◎那須未来株式会社の早川真理さんから
一方的にいろいろお願いしたにも関わらず、こちらこそ
お礼とご報告が遅くなって申し訳ありません。
私は特に報告書は書いておりませんが、森まゆみさんが
ブログで被災地の報告をしております。
先生方といっしょに組めたら、さらに有意義なものに
なったかも、と少し残念です。
森まゆみブログ くまのかたこと
http://www.yanesen.net/mayumi/
実際に入った日は16~18日です。
先生の報告書も彼女に送ってみますね。
私も戻ってから数日は、強行軍や運転もあってか言いようもない
疲労感に見舞われました。
でもそれ以上につよくやさしくなれたような気もしています。
自己満足なだけかもしれない。
それでも東北人の血が、私が東北人であることを確認させて
くれました。そしてあの美しかった海や山々が私の心から離れて
くれません。
愛する東北のために何ができるのか。
少し離れた場所で見守りつつ、できる限りの個人的な援助を
続けていきたいと思っています。
情報共有、これからもよろしくお願いします!
◎司法修習で沖縄に来ている近藤 徹です。 4.20
それにしても、この大地震、本当に驚き、ただ茫然としているだけです。
いつもメールを送っていただき、鈴木さんがこの危機に対してもますます
頑張っておられるのを感じております。
確か今は被災地に行かれているのでしょうか。
どうかお体にはお気をつけください。
さて、こちらのことはまたゆっくりご報告するとして、とりあえずご相談
したいことがありましてメールしました。
私の友人で山梨県立科学館の職員がいます。その人から、今回の地震での
被災者や避難者の方々を応援する意味を込めて「HAYABUSA back to the earth」
の無償上映をやりませんか?という提案を受けました。
HAYABUSAとはご存知の地球に帰還した宇宙探査機のことで、この映画は
その帰還までの物語です。けっこう話題になった映画です。
この映画を製作した上坂監督が、被災地や避難者に対して、この映画から
勇気や希望を得てもらえればということで、無償上映に踏み切ったそうで、
そのことを、先日、山梨県立科学館のはやぶさイベントで発表したそうです。
そこで、情報発信する手立てがあって、自治体などの協力も得るなどして、実現
できればいいなと思っているのですが。
http://www.live-net.co.jp/live/news/ouen/01.htm
上坂監督のブログはこちら
http://blog.livedoor.jp/hiromitsukohsaka/
山梨でのトークの様子もあります。
山梨でも、笛吹市で被災者の方を招待して、上映することになったそうです。
沖縄にも避難者の受け入れを推進しており、1000人弱がすでに移ってきている
と聞きましたので、私もなにかできないかと考えております。
でもせっかくなら、被災地に近く、よりつらい思いをされている方を勇気づけられ
ればと思ったのですが、いかんせん私では力不足です。
そこで、輝隆さんのお力を借りれば、もしかしたら実現可能かもと思った次第です。
どこか頭の片隅にでも置いていていただければ幸いです。
もしか何か不明な点がありましたら、山梨県立科学館の高橋真理子氏をご紹介いたし
ますのでご連絡ください。
長くなってすみませんでした。
どうか、現地での滞在お気をつけください。
失礼いたします。
◎前田波留代さんから 4.22
京都大学原子炉実験所 小出裕章氏に聞く
http://www.ustream.tv/recorded/13897618
usureamの動画です。
最初から1時間は福島の現状のたいへん恐ろしい分析が続きますが、
1時間1分目ぐらいから「原発がなくても日本の電力は足りている」
という目からウロコが落ちるような元気の出る話が始まります。
原発は今すぐ全部止めても何の支障もないということがよく理解できて、嬉しく
なることを請け合います。
ぜひ家族やお友達などできるだけ多くの人に知らせてください。
もうひとつ
武田邦彦(中部大学)のブログ
http://takedanet.com/2011/04/55_8617.html
武田氏はたまにテレビにも出てなんだか信頼できない雰囲気の先生ですが、実際に私達が今すべき事を発信してくれています。現状に対しては根拠なく楽観的すぎるようにも思えますが、実用情報が盛りだくさんですのでこちらも必見。
あまり心配するのも身体によくないけど、厳しい見方を知りたい方は、はじめの
動画で小出氏の話を最初からお聴きくださいませ。
ローカルデザイン通信 http://ldken.blogspot.com/
東日本大震災 現地調査の写真は、https://picasaweb.google.com/home
※最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。
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