ローカルデザイン研究会のみなさんへ 2011.3.16
今後の支援を、中根、戸矢、齊藤で、メールで話し合ってきました。
以下のような支援を行うことに決めました。
議論の内容です。
◎中根 正義
まず、今は現場が混乱しているので、とりあえず支援金を集めることに集中します。
現状、方向性が見えてからのほうが、効果的な支援ができると思います。
お金はあっても物資がないというのが現地の状況です。
補給路が断たれているのが現状ですので、それが再開されないとどうにもなりません。
補給路の確保に自衛隊等が動いているので、その状況を待ちましょう。
◎齊藤哲也
多田さんに丸投げをするのではなく、LD研としてキチッと分配や優先順位を決め、メッセージと寄附者の氏名を添えてお送りしてはどうでしょうか?
支援先については、特段の指定がない限り、LD研側にお任せいただき、指定のある場合のみ添え書きをもらう。
支援先は、建物等の大きな損害があった方(気仙沼の畠山重篤さん、一ノ関の佐藤航さん一家)を対象の中心とし、被災地の支援を現場でしているという意味で遠野の多田さんを対象としてはどうでしょう?
(畠山重篤さん、多田克彦さん、佐藤航さんに直接と指示してください)
現在振り込め詐欺の影響で、団体名での口座開設が大変厳しくなっていることから、先生の了解を得て、齊藤個人名義で作成しております。
(私個人の寄附として1万円を入れました。)
口座番号等の詳細は、
株式会社ゆうちょ銀行
記号 番号
10130 30130761
名義 サイトウテツヤ(齊藤哲也)
システム上、名義に「LD研」等の名称が入れられず、申し訳ありません。
個人名義のため、不信感を持たれる人からは拒否される可能性もあります。
そこは鈴木先生の人脈と信用が頼りです。
どうぞよろしくお願いします。
※斉藤哲也さんは、ローカルデザイン研究会の事務局長です。
◎戸矢晃一さん
支援金の話はメールしているとおり大賛成です。
速やかにやることも大賛成です。
ただ、今日明日にでも、と焦っても仕方ないということもあるように思います。
鈴木さんからのメールで、みなさん励まされたり、少し安心していると思います。
受け取った私もほんのわずかですが現地の方の様子がわかって安心したり、逆に暗澹たる気分になったりしています。
甲府や静岡でも地震があり、さらに続く可能性もありますし、放射能被害でも緊張を強いられます。
何年か前に作った本に、地震の専門家が、「阪神淡路大震災は突発ではなく、これから日本を襲う大型地震の始まりだ」と書いていたことも思い出します。
そうなのかもしれませんし、そうでないのかもしれませんが、今回の地震と津波だけでも、長い、長い、長い、挑戦になるはずです。
お金はいますぐ届けたいと思います。
しかし、いますぐには届けようもありません。
食べ物も水も、毛布も薬も灯りも届けたいけれど、届けようがないじゃないですか……。
たぶんここ数日が一番きつい、消耗戦のような時期になるのではないかと思っています。
もう少し、もう少しすれば、いろいろなことが動き出すでしょう。
その時に必要になるお金を、わずかでも届けられる態勢を整えられればと思います。
その準備を着実に焦らずにやっていきましょう。
みんな鈴木さんに協力しますから。
※今後の呼びかかけ文は戸矢さんが作ってくださいます。
以上が話し合った結果です。
支援金は、
株式会社ゆうちょ銀行
記号 番号
10130 30130761
名義 サイトウテツヤ(齊藤哲也)
まで振り込んでいただけますか。
※ 私はいま振り込んできました。
みなさんのメッセージや金額を見て、多田さんと打ち合わせ、あるいは畠山さんや佐藤さんに送付していきたいと思います。
また、今日、多田さんからメールが来ました。
直接、多田さんに送りたい方は、振込先が書いてあります。
◎鈴木さま
連絡遅くなりすみません。今被災地との支援物資の配送のしくみづくりや、こちらで燃料不足のために捨てなくてはならない牛乳を殺菌して無償提供するなどして動きまわっており、今になりました。
ブログ更新しましたが、こちらだと口座の新規開設もできませんので、取り急ぎ
記載の口座に支援金を集めるしくみにしたいと思っています。
http://tadanaturalfarm.blogspot.com/
(昨日の様子が報告されています。ぜひ読んでください)
〇東北・関東大地震前線レポート3/15
地震が発生して5日目の夜を迎えました。
被災地は雪が降っています。明朝マイナス4という予報です。
本格的に道路の回復がはかられています。
物資の輸送路と情報収集路の構築です。
全てがガソリンスタンドは公的機関におさえられています。いつまでこれが続くのかわかりません。民間の救援はこのガソリンがないため、入っていけない状況です。
それでも釜石から柳谷さんが昼の救助活動をして今、午後10時遠野に入りました。
晩遠野で体を休め早朝ミーティングをして物資を積んで釜石へ向かいます。
私も明日16日釜石へ物資を積んで北上から日頃おつきあいのある斉藤君の運転で入ります。
今必要なのは、十分に動けるガソリンです。
だれがどういうエネルギー供給の設計を行っていて、その方向が打ち出され動くのはいか、まったく見えません。
日本の指導者は阪神大震災の教訓を知らないのではないか。
今日も北海道から広島まで日頃商品を通じて交流のある方々から励ましと協力の申し出が多くありました。
こういう時の励ましは、本当に力となります。
私は今信用しているのは、個と個の結びつきです。
協力の申し出を受けて、みなさんのひとりひとりの支援応援を確実に被災者に届けるため下記の口座で受け付けをすることにしました.
郵便振り込み
口座記号番号 02320-7-28113
加入者名 多田農場
思いを正確に記して 報告いたします。
今、酪農現場では毎日搾った牛乳を捨てています。
集乳する仕組みが完全に壊れています。
私の農場では殺菌機があり、昨日は150人の入院する病院へ、今日は障碍者30人が宿泊する遠野コロニーに殺菌した牛乳を無償提供しました。
次から次と要望があり、どこまで対応できるかわかりませんが、やれるところまでいきます。
日本の畜産は飼料依存70%海外からのものです。
鶏卵場から酪農現場から給与する飼料あと2週間ぐらいで枯渇する状態です。
これから本当に長い修羅場がはじまります。
それでも生きることへの感動をみつけていきたいと思います。
◎NPO遠野山里暮らしネットワーク 菊池新一さんから 皆さまへ 2011・3・15
NPO法人遠野山里ネットとして今回の震災への対応を会員一同・スタッフ8名で精いっぱい頑張りたいと思います。よろしくお願いします。
これから定期的に、困っていること等の情報を発信したいと思っています。
1 遠野の位置は、沿岸部の被災地、釜石、大槌、陸前高田市、大船渡市等へ山一つ隔てた内陸部で何処へも1時間足らずで移動できるところです。ルートは確保されました。
2 幸い遠野は人的被害がなく、3日後には電気も回復しています。遠野の位置的なこともあり後方支援基地として機能しています。
3 これから被災された方々が避難して来られる予定になっています。
本日の情報発信
1 ガソリン等油が不足。数日後は動きがとれません。
後方支援や、ボランティアにも支障、2次災害も考えられます。遠野の町中は、車の通行が減り、自転車が走っています。
2 政府が石油備蓄を放出と言いました。具体的に何日間で現場のスタンドに届くのか、大臣が会見などでお話しいただければ、パニックは収まります。
3 遠野は少子化によりもとより赤ちゃんの粉ミルクの在庫が少ないところへ、被災された赤ちゃんが来ることで、粉ミルクが大変不足しています。赤ちゃんはそれしか命をつなぐ方法はありません。早く手を打ってほしいです。
4 被災地はコメが不足しています。国にはコメはあるはずですが、農水大臣が会見などでコメ支援を言ってほしい。それまで、地域で頑張ってほしいと言われれば頑張りようがあります。
5 被災地のライフラインが回復するメドが立ちません。当面、乾電池、ろうそくが必要です。
6 報道の影響力と、あり方につきまして、リポーターが「現地は何が不足していますか」という質問に現地の人が何も言えなかったり、「今のところ充足しています。」という報道に疑問があります。被災地はそのところによって事情が違います。
そのことが被災地全体のイメージにつながることが心配です。
7 スーパーには牛乳はありませんが、近くの酪農家は、毎日絞しぼらざるを得ない牛乳を捨てているという現象が起きています。集乳車が油がないことで来ないために捨てざるを得ない状況です。
また、情報発信します。
◎こんにちは、小林郁雄です。
お久しぶりです。
関東から東北は大変ですね。
とりあえず、皆様ご無事のようで、何よりです。
東和は高速から海岸沿いに出る検問所の位置のようですので、土澤の猿館さんも大丈夫と思いますが・・・。
いずれにせよ、BCCで情報お送り頂き、ありがとうございます。
資金力も労働力もありませんので、情報後方支援が今、私のできることです。
TVや新聞以外にも、インターネットやツイッターなどでも情報があふれかえっていますが、本当に必要なものがかえってわからなくなります。阪神の時も山のような震災資料を親切に全国から送られてきましたが、そんなもの見たり読んだりする時間はありませんでした。
いずれにせよ、今は下記のように、救援専門者達の出番です。
鈴木さんの言われるように、今はまずはお金を集めておくことでしょうね。
この戦いは長期戦です。最低10年は関わり合う覚悟がいると思います。
◎猿舘様、こんにちは、神戸の小林郁雄です。
鈴木さんから連絡いただきました。
ご無事で何よりです。
他の皆様もとりあえず、よかったです。
とはいえ、これからが大変ですね。
この半年くらいは、世間も政府もマスコミも関心が高く、まあ、大変ではあるでしょうが、それなりにしゃかりきに、何とかなるしかないのです。
が、その後が、本当はもっと大変です。
神戸でも半年後から約10年、東北はもっとかかるかもしれません。
息切れしないように、10年付き合うつもりで、ゆっくりと支援を続けたいと思います。
(私の元気がもてばですが・・・)
大変な状況の現地の皆さん、もっと大変な現地周辺(の方が、これから大変になります)の皆さん、10年間七掛けの生活をやむを得ないという覚悟がいるかと思います。
私は神戸震災の時、まず、そう考えました(5年くらいと思いましたが)。
(暇の時に添付を見て下さい:「復興市民まちづくり」vol.1 序 950427記)
「飽きた、疲れた、もうどうでもいい」と私が書いたのが10か月後でした。
大災害による被災者の心の疲労のピークは10か月後(京大防災研の林さん談)ということです。
まあ、それまでは何とか頑張っていきましょう!!
(資料添付)
※小林先生、100日くらい経った、7月のローカルデザイン研究会でお話しいただけませんか。よろしくお願いします。
◎岩手県土澤 猿舘 祐子さんから
小林郁夫先生
ご無沙汰しております。
応援メール、ありがとうございます。
お助けキッチンのみんなは、夕方のお惣菜がちょうど出来上がる時の地震でした。
外にでた途端、ふれあいセンターの銀河鉄道の絵が描いてある壁がくずれ落ち、また、入口のレンガも落ちてきたりと、間一髪でけが人もなくすみました。
すぐにお惣菜を配達している一人暮らしの高齢者の安否を確認し、安全な場所に移動させ、その後、商店街の人たちに無料でお惣菜を配り、各自の家に帰って行きました。
以前にも、お惣菜の注文取りの際、倒れていた高齢者の命を助けたという実績を持つ彼女たちは、「こっぽら土澤」の大きな力になること間違いありません。
さて、先生のおっしゃる通り、これからが大変でしょう。
なにより、生活に関することすべてが、今までのようにはいかなくなりことは覚悟しなければなりません。
商売ももっと厳しいものになっていくでしょう。
農作物の出来不出来で商売が左右される土地柄ですが、それに大地震となると打撃が大きすぎます。
都市計画的にいうと、短期的に頑張ってものにしていく事と、長期にわたってじっくり取り組んでいく事をきちんと分けて取り組んでいかなければなりませんね。
津波のあった沿岸とは違い、地域に大きなダメージがあるわけではありませんから、都市計画そのものをゼロから計画することはないとは思いますが、花巻市の中の東和町土澤という位置づけではなく、沿岸の方たちを受け入れることも視野に入れた、広域的な役割をもった将来設計をしてもいいのかもしれません。
そのためにも、核となる「こっぽら土澤」をきちんとした形にもっていくこと。
まずは、そこからです。
大変な道のりですが、今後ともご指導ください。
先生の原稿、読みました。
先生のおっしゃる通り、最後に人が残る。まちを愛する人が残る。
それでいいのですよね。
「それでも、明日は来る」
頑張ります。
◎ぎばっての高橋芳雄さん(岩手県二戸市足沢)
心配していた大槌町の漁師(元商工会青年部長)と先ほどやっと携帯電話が通じました。
生きていました。
全国漁連の青年会長もやっていた関係で東京水産庁へ行った後、房総の浜(銚子あたり)でイワシの買い付け(鮭マスの延縄釣り用えさ等)をしていたようです。
携帯、自宅電話が不通なので心配していました。東北新幹線が動かないので帰れず、滞在費が底をつき問屋の世話になっているようです。
大槌町のほたて養殖いかだや自宅も流され、裸一貫やり直しだといっていました。
そのための買い付けを東京でしていくとも言っていました。
帰っても収入源がないですからね。
民宿をやっていた家族も無事のようなので一安心です。
野田村の村長ともやっと携帯で連絡とれました。元気でした。
◎服部麻子さん(フランス在住)
パリ、日本人会でも、募金活動がはじまりました。
昨日も、日本食物民族学を専門としている国立研究所の教授と、(フランス人の方ですが、神戸大震災の時、京都にいらっしゃったようです)、もっと早急に必要なものを(こと)を援助できる方法はないか、と相談をしておりました。
海外からの捜査隊が続々とそちらに向かっていると思いますが、具体的に現地で英語、フランス語等のボランティア通訳が要る、などの情報がありましたら、お伝えください。
10日間ぐらいならば、私自身も戻れると思います。
昨日、こちらの放送局でも地震に関する1時間の特集番組が夜8時頃、放映されました。
日本人が冷静に助け合って救助活動や被災地での生活を行っていることに、フランス人達は『うちの国ではありえない』と非常に感心しておりました。
今日の新聞(Figaro)にもトップから5ページにわたって地震に関する情報が掲載されましたが、そのうちの半分以上は原子力発電所のニュースと、原発大国であるフランスの、今後のゆくえに関して記されたものでした。
◎デザイナーの平野敬子さん
お送り頂きましたご連絡を拝読しました。
あまりの惨事にお返しする言葉がありません。
鈴木さまのように迅速に、冷静に、具体的に、行動が起こしておられる姿、心より尊敬、申し上げます。
個人として義援金をお送りすることはもちろんのこと、お手伝いできる具体的な方法を考えています。
とにかく言葉が見つかりません。
このような内容の返信しかできませんことお許し下さい。
◎山梨県甲州市勝沼町の小俣多美子さん
大変な状況ですね。
皆様の無事を願うしかありません。
先行きの不安でいっぱいとなることもあるかと思います。
姿・形やお金にこだわりすぎた世の中から、人命第一に修正される時ですね。
情報に流されすぎず、心の安定を図り、冷静な判断の中で、つらい現状を乗り越えていただきたいと思います。
被災者の皆様、応援しています。頑張ってください。
◎羽鳥書店の吉田理佳さんから
遠野の多田さん、花巻の猿舘さんの声を届けてくださり、ありがとうございます。
東京がいちばん大きく揺れたのは、11日金曜日でした。
5強だったと思いますが、揺れの時間は長く、経験したことのない不気味さを感じました。
矢吹、同僚、私の3人、会社にいたときの出来事でした。
当日は家まで4時間かけて歩いて帰りました。
その帰り道でも、その後の節電のための間引き運転の混雑した電車の中でも、みな冷静に行動し、また、人が人を思う雰囲気が漂っているのを感じます。
帰宅しても、水も出る、ガスも使える。
計画停電が始まったとはいえ、電気も通っている。
そんな東京にいて、TVの映像を見ると、本当に胸が痛みます。
どうか、今も苦しんで困って、助けを求めている方たちにエールを届けたい。東京の、日本中のみんなが、心配しています。
何か手伝いたいと思っています。
もう一度、立ち直るために、つくりあげるために、できることは何でもしたいと思います。
さらに痛めつけるかのように寒さもきます。
どうか、多田さん、猿舘さんはじめ、東北のみなさま、風邪をひかないように、体調にお気をつけて、あきらめないでください!
鈴木先生、重ねて御礼申しあげます。
被災地のみなさんの一刻も早い救助、そして支援の輪を広げられるよう、祈っております。
◎金沢の陶智子さん
ご連絡をありがとうございます。
心配をしておりましたが、きっと大丈夫と心のどこかで思っていました。
私の知り合いには、まだ連絡の取れない人もいます。
何か出来ることをと、卒業生達からも連絡があり、少しずつ始めています。
能登の地震を体験した人や関西の震災を体験した人もいて、何が必要かなど情報を集めることが肝心とのことです。
取り敢えずは新品のタオルから、また乾電池もラジオや懐中電灯に使えるので役立つそうです。
電池の充電器を送ったら役立つのではと、使っていない電池の充電器を持っていたら(タオルと違い衛生面は関係ないので)それを集めたらとの意見もあります。学生達はけっこうそういったものを持っているようです。
ただ、県庁に問い合わせると、物よりも義援金の方がというニュアンスで、物の場合は中身がわかるようにきちんと梱包して欲しいと言われました。
そんなわけで、募金箱を持って主要な駅やデパートの前に立っている学生達もいます。
◎小塚陽子さん
メールありがとうございます。
私の友人も福島の転勤先で自宅はめちゃめちゃになり現在避難所生活を送っています。
協力できること、しなければならないこと、お手伝いさせて頂きます。
被災された方々には今後、精神的な面でのサポートも必要と考えます。
友人の旦那様で心療内科医がいます。
アドバイスをもらいたいと思っています。
又メールします。
◎羽田麻子さん
昨日、今日と、多田さんからのメッセージをお送りいただき、ありがとうございました。
全く非力ですが、まずはツイッターに投稿させていただきました。
指揮を取ってくださっていることに、感謝いたします。
◎江戸川大学3年神田太郎さん
様々なご連絡ありがとうございます。
先生もお疲れさまです。
学生への連絡は、私としても心配しておりましたので積極的に動くことが出来ました。
中沢への日程につきましては、延期のお知らせを確認しております。
今後時期をみながら先生や中沢の皆さんと共に、話し合っていかなければならないと思っております。
それまでの間は発表について考えてきたことを、参加する学生がしっかりと理解するチャンスでもあります。見直しの作業を中心に、いつでも中沢へ向かえるように準備をしておきます。
交通手段の制限や計画停電の影響で、今後自宅での生活が続くと思いますが、貴重な時間を有効に使えるようニュースを見て時事を知り、自分の学び、将来のことについて考える時間に当てていこうと思っております。
ローカルデザイン研究会の皆さんと、被災地の支援を行っていくことにつきましては私も賛成です。
以前ゲストとしてお越しいただいた方とは、切れない縁があると思います。
ローカルデザイン研究会には、様々な分野で活躍されている方々が多く関わっていると存じます。
専門的な知識や経験をもとに、今回の天災からの復興へ向けたお手伝いをしていくことは、被災地の方々に少なからずの助けになるのではと私も思います。
学生の中にも被災地への支援をしたいと思う学生はいると思います。
が、何をしたら良いのかと考えると、少しでも消費エネルギーを減らすことぐらいしか考え付かないのが現状です。
無理に一方的な支援を行えば、意志の疎通が上手くいかない場合もあると思います。
先生方が行っているように被災地の方と相談しながら、出来ることから私たち学生も力になりたいと私は思っております。
お送りいただいた、多田克彦さんと猿舘祐子さんからの連絡に目を通しました。
被災地の方々の生活を想像すると胸が痛いです。
少しでも早く元の生活に戻ることが出来るように、今回の震災に負けず、乗り越えていけるように、ただ祈る毎日です。
◎東北大学の石田秀輝さん(酔庵)
石田@東北大+酔庵です。御心配をお掛けしましたが、家族も酔庵も無事です、御安心ください。
13日朝仙台へ着きましたが、酔庵の状況を確認後、大学で学生の安否確認やら被害の状況把握やらの対応に追われていました。
酔庵は建物そのものに大きな被害は無く、亜子も元気です。
電話、携帯、メール全て旨く繋がらない状態が続いており、御心配をお掛けして居ります。電気は昨夜復帰しましたが、水、ガスは当分駄目なようです。交通網がダメージを受けていますので、食料他もかなり厳しい状況ですが、何もかも失った多くの方に比べれば本当にありがたいと思っています。
3月11日地震発生時、名古屋で会議中でした。
すぐに会議を中座し、名古屋駅に向かいましたが、11日中は上り列車全て運行取り止めとの事、飛行機も、バスも全て駄目で、駅で一夜明かすつもりでしたが突然20:30に1本だけ東京へ新幹線を走らせるとの事、それに飛び乗り24時過ぎに東京着、国際フォーラムの避難所で少し時間を過ごし、朝4時に東京駅へ、9:30本日の運行無しとのアナウンス。
予定を変更して、レンタカーを借りて仙台へ戻ることに、4件目でやっと車を借り、10:30東京出発、異常なほどの渋滞で13日朝7時過ぎに仙台へ到着しました。
途中通過した仙台空港では軽飛行機や車がクシャクシャになって泥の中に何台も埋まっていました。
あらためて自然の力のすごさに、そして人間知の脆さを心底感じました。
研究室は壊滅状態で建物そのものも大きく損傷してしまいました、暫くは、仕事にもならないと思いますが、色々深く考える時間に、そして学生たちに新しい知の一歩を踏ませることを考えたいと思っています。
御心配を頂きながら、連絡遅くなり申し訳ありません。
きっと、たくさんの御連絡を頂きながら、連絡未達で御心配を頂いている方も多いと思います。御関係の皆様にこのメールを転送頂けると幸いです。
取り急ぎ、
(大学のメールは、まだ復旧していません、週末頃には電気も来るのではと思っています)
◎加茂 茂さん
鈴木先生 斉藤さん 戸谷さん
ご連絡ありがとうございます。
LD研究会で、支援金を集められるとの事で、微力ながら協力出来たらと思っております。
自分に出来る事をしたいと思っております。よろしくお願いします。
◎盛岡の橋本 征子さん
暖かいメールありがとうございます。
昨日の晩から電気が復旧して、盛岡はなんとか普通の生活に戻りつつあります。
物資が足りなくなるのはこれからでしょう。
沿岸が大変です。
いくつか沿岸との仕事をかかえていましたので、みなさんが無事か心配です。
電話も通じません。これからのことは不安ですが、助け合ってがんばります。
重ねてありがとうございました。
◎大竹洋子さん
メール感謝です。
畠山さんのことは(お会いしたことはないですが)私も気がかりでした。家族と昨日、話していたところです。
気仙沼の友人に連絡をとってみましたが、やはりメールが返ってきません。気になります。
提案、というような大それたことはできないのですが、何か、LD基金のようなことができないでしょうか・・?
(日ごろは「消費者地方行政活性化基金」に悩まされる自分ですが)
自治大短期研修のMLで、こんなサイトができあがったと、連絡がありました。
有志の仲間が、「被災者に有効な情報を一元管理しよう!」との思いで、みんなでつくる震災被災者支援サイトが立ち上げられました。
https://sites.google.com/site/minnadewiki/home
少ししか見ていませんが、なかなかよいサイトです。
過不足ない、しかし痒いところに手が届く支援が、どうしたらできるのか・・・なかなか難しいところです。
遊佐美由紀さんとも連絡が取れないと・・・心配です。
(返信お気遣いなく)今後とも、どうぞよろしくお願いします。
◎畦地履正さん
四万十ドラマの畦地です。
まずはこの度の震災において被害にあわれた皆さんにお見舞い申し上げます。
自然の恐ろしさを感じるとともに、他人事ではないと思いました。
さて、鈴木先生からメッセージいただきました。
自分達が出来ること、本当に何とかしたいと思います。
皆さんと一緒にお手伝いさせていただけきます。
◎奥州市の佐藤邦夫さん
お見舞いのメールどうもありがとうございます
私の住む奥州市は震度6弱で、議会中でしたが、6階の議場は大きく揺れてみしみし、ギシギシと天井が落ちてくるのでは、と思うような激しい地震でしたが、シャンデリアや棚の物がほとんど落ちたり、落下した物が壊れたりしましたが、他は大丈夫でした。
岩手をはじめ東北の海岸側の地域は、津波によってほとんど壊滅的被害でした。
これから被害の会った地域の方々にどのような手助けが出来るのか、良いのか、考え行動していきます
どうぞ宜しくお願い致します
◎石川治子さん
東北の状況のメールありがとうございます。
今は何ができるか判りません。
テレビがないため、新聞とインターネットでの情報ではほとんど壊滅的な所もあるようですね。
地元で被災者の方々を全員フォローできるのでしょうか。安全なところに知人や親戚が いらっしゃる場合はまだしも、1人暮らしの方々などは今後どうされるのでしょうか。
多田さんのメールに自治体がうまく機能していないようなことがありました。
いまは慣れないボランティアが駆けつけないようにというネットでの呼び、阪神淡路大震災の時、ボランティアが大いに活躍したという話と、困った問題も多かったという話も聞きました。
被災地の周辺や東京などで避難所のあとの生活を個人レベルで受け入れることは考えられないでしょうか。
難しいことが多いと思いますが、池尻の学校のような廃校などを使って。
トイレ、給食室があるので、当初何とかなるかと・・・
先生のおかげで、津金の縁が出来、徐々に進めています。
津金では、油屋さんを地元の方々を中心としたコミュニティースペースにして、その後の課題として、都市部の田舎のない方々のための田舎及び災害時の疎開先作りを考えていました。
◎下田市の土屋智紀さん
ご心配ありがとうございます。
とりあえず、大丈夫です。
市内で一部津波の影響で床上浸水があったぐらいです。
また、現在ガソリン制限もかかっています。
横浜西部に用事がありいってきましたがガソリンスタンドが軒並み休業という状況でした。
静岡県においても週明け数量制限がかかる見通しであります。
私のほうより、石澤さんのところのほうがひどいかもしれません。
長野であった地震ですが、栄村で線路が崩落というニュースがやっていました。
たしか、隣の隣だったと思います。
連絡を取りましたが、大変お疲れだそうです。
お声をかけてあげてください。
では。
◎宗勇真さん
お久しぶりです。
支援の件是非とも何かお役に立ちたいと考えております。
具体的にどういった需要があるのでしょうか?
都内には沢山水があるので水を送ればよいとも考えましたが
肝心な輸送経路も思いつきません。
タオルなどを送るのもよいかと思いますが、実際に被災地では何があれば一番助かるのでしょうか。。。
伺っていただく事は可能でしょうか。
ラジオとか、懐中電灯とかであれば秋葉原などで大量に調達できる可能性もあります。
災害用グッズも置いてあると思うので
何か合致すればすぐに調達して参ります。可能な限りなにかさせていただきたいと思います。
こういったニュースがアメリカで取り上げられておりました。
本当に涙が出ます。
http://news.blogs.cnn.com/2011/03/12/orderly-disaster-reaction-in-line-with-deep-cultural-roots/?hpt=C2
ソースの序文あたり翻訳:「”略奪”というものは日本では存在しない。我が国の言葉でいう”略奪(looting)”に対応する言葉がないのではと思うくらいである。日本人には”共同体の中で、責任意識の最大限の率先者であろうとする意識”がある。他者の物を暴力でもって強奪するということは、日本では文化的に許されるべきものではないのだ。」
◎江戸川大学ライフデザイン学科3年の黒田善之さん
ご連絡ありがとうございます。
本当に悪夢のようです。
災害の大きな地域に住む人々の無事とこれから被害が大きくならないことをただただ祈るばかりです。
僕の地元も今隔離されている状態なので、自分に出来ることを見つけ少しでも役に立ちたいです。
昨日から自宅と地元のコンビニと近所の家の修復復旧作業を手伝っています。
明後日隣の市で献血が行われるので参加する予定です。
余震もまだまだあるので、皆にも、自身も気を引き締めて生活していきたいです。
◎建築家の太田理加さん
すごい地震でした。
世嬉の一佐藤御一家、全員無事でよかったです。
連絡しようにも何もできず佐藤さんにメールを送ってみましたが、当分は大変な状況だと思うので心配しておりました。
蔵は残念ですが仕方ないとおもっていましたが、とにかく皆さん無事でなによりです。
飯山も当分地震対応におわれそうですね。
ともかくも状況を教えていただいてありがとうございます。
何かお力になれるといいのですが。
とりあえず
◎長崎の中村清美さん
東日本大震災の被災支援に私も参加します。
今の段階では下記のようなことができることでしょうか?
①LD関係者に個人的な支援金を送る
②緊急から復興に向けた支援を行う
→この際、LD関係者のところもしくは近くの避難所が拠点となって、ニーズと供給のマッチング、物資の配給を行う(※現地ボランティアを派遣する?)
②は人、労力、経験からの知識が必要ですし、拠点となる場
が必要となります。
まだ受けている業務の工期が4月末まで続くので、後方支援しか出来そうにありませんが、お力になれることがあれば、お声かけください。
取り急ぎ。
◎永尾東さん
メールありがとうございます。
運良く3/11午後はRIVに珍しくいて、地震の初めての長い揺れの恐怖は体験しましたが、交通マヒのこともありそのまま藤井さんやスタッフとろう城することができ、駅構内で食事もなく寒さに耐える事態を免れました。
3/12動き出した電車を乗り継いで八王子に戻りました。
仙台空港も「あすと長町」のパンフ更新で出かける予定を立てていたり、茨城空港の天井滑落シーンは前日3/11のほぼ同じ時刻 茨城県の企業誘致のPRビデオの「茨城空港」シーンの撮影をしていた場所だったり、その場にいてもおかしくない状況でした。
現地からの多田さんのメールを読み、テレビと違った生の声「生への願いと悲しみ」が直に伝わってきます。
知り合いがいる訳ではないですが、津波による街や村が壊滅し、被害が調べられない状況では、15キロ沖合でイージス艦に助けてもらった方のように、1人でも多くの方が、ただただ生き延びていてくださることを願うばかりです。
人命救助第一ですから、せっかく避難し命ある方々に早く多田さんのおっしゃる食料、水、冷えを防ぐ毛布等が届けられることを祈ります。
◎西上ありささん
メールありがとうございます。
わたしも東北に親戚が多いので連絡がとれず、心配の日々を送っています。
震災+Design デザインは避難生活のために何かできるのか、と言う本を2009年に山崎らと書きました。
この本に書かれていることは、避難生活が体育館等ではじまったら役に立つだろうと思われることがいくつか書かれています。
たとえば、簡易トイレが必要だとよく言われますが、簡易トイレと同じくらい更衣室も必要です。トイレを更衣室代わりに使う人が多いのでトイレが混雑します。そのため更衣室があればトイレの混雑が少し緩和されます。
女性は一人で行動してはいけないこと、水を段階に分けて使いまわす方法なども書いています。
現在この本を公益財団法人 ひょうご震災記念21世紀研究機構を通じて、避難所、避難所をまとめている機関等に配布することなど検討しています。
また、ツイッター上で外国人向けに災害情報の翻訳をはじめています。
本を書くために阪神大震災から学んだことは、震災直後に私たちができることは、とても少ないということです。お金の支援がいちばんかもしれません。
なので気がついたことがあれば、どんな小さなことからでもはじめようとみんなで話しています。
お手伝いできることがあれば、いつでもお声がけいただきたいと思っています。
こちらも先生の力が必要とすることがでてくるかもしれません。
その際は、ご協力どうぞよろしくお願い致します。
◎NPO法人ローズリングかのやの丸野里美さん
こんばんは。ローズリングかのやの丸野です。
メール、ありがとうございました。
このような現地の方の声を知ることができ、ありがたいです。
私たち食の供給地、鹿児島でできることがたくさんあるように思いますが、まず、どのような形で、誰を通じて、ということがわからず、ただただ祈るばかりで過ごしています。
また情報をいただけるとありがたいです。
◎長野聡子さん
突然の惨状に言葉にできない複雑な思いです。
安否の確認ができない知人もいて不安なだけでなく、明日からやるべきことは何かと、複雑な思いです。
支援などできることがございましたら、ぜひとも協力させてください。
◎溝口久さん
リアルな情報提供ありがとうございます。
畠山さんことが頭をよぎりましたが、気仙沼だったとは相当に心配です。
このところ丸森町、一関市の方々と親しくさせてもらっているので、よりいっそう身近に感じます。
普段の生活が戻ってくること祈っております。
◎黒潮実感センターの神田 優さん
この度はご心配ありがとうございます。
こちらはなにも問題ございません。ご安心下さい。
金曜日地震発生後、津波警報が出ましたのですぐに港から船を浮き桟橋に移動させ係留し、その後車を高台にある小学校に移動させました。
拓海と佐和子も小学校に一時避難させ、私は消防団として津波の警戒にあたりました。
日が暮れる前に問題ないと思い家に帰り食事を済ませたあと、佐和子と拓海を寝かせたあとも、私はニュースをずっと見ておりました。
夜中11時頃大津波警報が発令されたので、再び二人を車に乗せて小学校に避難しました。
結果は大丈夫でしたが車の中で夜中3時過ぎまで待機しました。
その後は家に戻りました。
何事もなくとりあえず良かったですが、ニュースの映像を見る度に心が痛みます。
今朝は拓海を連れて歩いて小学校に避難するのに要する時間を計り、避難路を確認しました。午後からは避難グッズを購入しに行ってきました。
宮城沖から茨城沖、千葉沖、長野と地震が南下しているように思えて恐ろしいです。
明日は我が身と気持ちを引き締めています。
南三陸、気仙沼、大槌町それぞれに海の仲間がいます。
どこも海のそばです。
連絡が取れずに心配しています。
無事を祈るしかありません。
◎NPO法人ローズリングかのやの尾曲伸一さん
本当に胸の痛む事態になっています。
自分達にできる支援は何かと考えますが、現時点では、あまりに状況が悪く、交通網が遮断され、状況が未だに把握されてない、物資を送ろうにも輸送手段が断たれている現段階では素人の手には負えない段階のような気がします。
今後に向けて何が出来るのか皆で考え、復興に向けて我々としてできる手立てを考えています。
報道を見ていても涙が溢れてきます。まずは、家族、親族、友人の皆様の安否が確認されることを祈っています。
何か新しい支援のできる情報がありましたらお知らせください。
◎長野容子さん
先生にご連絡しようか ずっと迷っていました。
畠山さんも番組等でお世話になっている方。ご無事をお祈りいたします
こちらも 仙台、福島、気仙沼などがご出身の知り合いも多く、電話が話し中でつながらなくて昨日まで安否を確認できなかった方、避難中の方、また気仙沼に至っては数家族ですがまったく安否がつかめないという状況が続いています、胸がつぶれる思いです。
ニュースの報道はどこも似た通った、ツイッターでも茨城が見捨てられているなど悲痛が聞こえてくるのですが、多田さんのメールでリアルな状況がわかりました。
ありがとうございます。
実はこのメールをNY在住の弟に送ったのですが(よろしかったでしょうか?)
ニュースを見ている限り 一部の情報しか入らなかったので・・・と本当に驚いていました。
たぶん アメリカにも津波の映像以外の実態は伝わっていないと。(国内もですけど)
ついでに 彼の勤務する電機メーカー情報が正しければ 日本の原発はいつも検査、検査でふだんから半分くらいしか稼働していないので、本気で他をすみやかに検査して動かせば、すぐに電力は復活するキャパはある、とのこと。
イギリスのBBCは 日本からの生の情報を受け付けていますが、これまでのぞいている限りでは 東京で歩いて会社から帰ったとかろくなものがありません。
(英語ですから 情報は限られますが)
私がもう少し英語能力があれば、BBCがくいつきそうな遠野メールを英語で発信したいのですが、ニュアンスが変わりそうで。。。
ほか どこか先生のお知り合いなどマスコミで取り上げていただけるのでしょうか?
何ができるのか、気持ちが焦ります。
こちらこそできることがあれば具体的にご指示ください。
4月からの番組(日曜喫茶室 松尾堂)もお気楽ねたができるはずもないのですが、まだ 上からの方針が決まっていません。
まとまりないメールになりました。
取り急ぎ
◎檀將治さん
ご連絡ありがとうございます。
私も畠山さんご一家を心配しています。
無事を祈るばかりです。
何かできることがあれば、お手伝いさせていただきたく存じます。
(私は阪神淡路大震災のときに、ほんのわずかですが、現地支援に行っています。)
また、何かあればご連絡ください。
情報提供ありがとうございます。
現地の人の声には、メディアでは伝えきれない切実さを感じます。
阪神淡路大震災のときには、復旧した公共交通機関でのアクセスが比較的可能だったのですが、今回はとても困難な状況です。
個人的な経験でいえば、阪神淡路大震災被災地では、現地支援に行く際、自転車はかなり有用なツールでした
(移動も融通が利きますし、多少の荷物は運搬できます)。
ただし、三陸地方は急峻な地形が続くところが多く、相当の労力を要すると思われますが。
(以前、いわき~相馬~仙台~石巻~気仙沼~釜石~宮古~と自転車行の経験があります。)
また、引き続き情報お知らせください。
よろしくお願いします。
◎柏崎市高柳町の春日俊雄さん
おはようございます。
メール有難うございました。
何か出来ることがあれば声がけください。
よろしくお願いいたします。
ご心配いただき、有難うございます。
自宅は、長野県栄村震源の地震では、震度5弱とかなりゆれましたが、お蔭様で大丈夫です。
東北の津波被害の状況をテレビで観ていると声が出ません。
理解を遥かに超えた悲しみと辛さに包まれています。
支援に参加させてください。
◎株式会社まちなみカントリープレスの蟹澤純子さん
お世話になっております。
学生さん、研究会の方々の安否が気になります。
長野県の北部の地震も、長野市以北に住んでおります我が家周辺では(栄村ではありませんが)大変な揺れで、集会所へ避難か…と近所で相談となり、恐怖が募りました。
こんな私たちでも恐怖が植え付けられてしまいましたのに、東北の方々、横浜の方、東京の高層ビルにいた方々の気持ちは察しても想像がつきません。
先生も、どうぞご無事でお過ごしください。
何卒です。
東京で、物資等が必要でしたらおっしゃってください。
交通網は大丈夫なのですから。お手元には届きます。
◎三好 一美さん
日本MITエンタープライズフォーラムの三好一美です。
メールをありがとうございます。
朝が来るたびにいよいよ顕になる惨事に胸が痛みます。
そんな中、遠野からのご一報を開示くださりありがとうございました。
聞きしに勝る様子に驚きの一語です。
2月28日に外国特派員協会で遠野のイベントに参加してきたばかりで心配しておりました中、多田さんのメールで少し安心しました。
MIT-EFJで何か出来ることがあるかと検討中です。
多田さんは、援助関連の物資その他を中継してくださるようなお立場の方でしょうか?
物資の申し出があった場合、多田さんにお願いすることができるのか、あるいは鈴木先生の方で何らかのとりまとめをされるのか、検討の一助にできればと思い、メールさせていただきます。
ご多忙中恐縮ですが、お知らせ頂けたら嬉しく存じます。
ありがとうございます。
◎水野亮平さん
農業ビジネスデザイン学部の皆様
4期事務局の水野です。
江戸川大学鈴木先生のローカルデザイン研究会に出演された、宮城の多田克彦さんが、現地情報をレポートしてくれています。
http://tadanaturalfarm.blogspot.com/
なお、鈴木先生の呼びかけで、義援金や支援などに関する協力依頼がくると思われ、その際には転送させていただきます。
ご協力お願い致します
◎農林水産省の伊藤光江さん
ご無沙汰しております。
地震当日は、歩いて帰宅しました。
地震、すごかったですね。日本が終わるかと思いました。
東北、すごいことになっていますね・・・
当省も東北農政局という出先を持っています。
それに、そのしたには、事業所や事務所などがあり、連絡が取れない職員や、家族がいます。
今回は、田舎で働き隊事業で宮城県の田代島に研修生が行っています。
やはり、連絡が取れない状況です。
早く、皆さんの安否確認が取れると良いのですが・・・
国民みんなで力を合わせて乗り切らないと行けませんね。
これからも、余震が続くみたいですので、気を付けて過ごしてください。
◎三好 一美さん
日本MITエンタープライズフォーラムの三好一美です。
メールをありがとうございます。
朝が来るたびにいよいよ顕になる惨事に胸が痛みます。
そんな中、遠野からのご一報を開示くださりありがとうございました。聞きしに勝る様子に驚きの一語です。
2月28日に外国特派員協会で遠野のイベントに参加してきたばかりで心配しておりました中、多田さんのメールで少し安心しました。
MIT-EFJで何か出来ることがあるかと検討中です。
多田さんは、援助関連の物資その他を中継してくださるようなお立場の方でしょうか?
物資の申し出があった場合、多田さんにお願いすることができるのか、
あるいは鈴木先生の方で何らかのとりまとめをされるのか、
検討の一助にできればと思い、メールさせていただきます。
ご多忙中恐縮ですが、お知らせ頂けたら嬉しく存じます。
ありがとうございます。
〇早速お返事ありがとうございます。
私からのメールと行き違いに第二報を頂戴し、ありがとうございます。
仲間と検討し、追って連絡させていただきます。
◎財団法人日本地域開発センターの北川 泰三さん
ML感謝。
遠野、釜石の様子がわかります。
遠野の千葉富三さんや菊池新一は、どうしているかしら。
津波の被害はないから、無事と思っていますが。
釜石市の野田市長他、知り合いの部長、課長他も連絡とれません。
畠山さんにいたっては、漁場は、壊滅しているでしょうが、近くの小高い森に逃げて
いればと、願っているところです。
ツイッター等、各種情報が、状況をしらせてくれます。
私も、当日は、外にいたので、結局、自宅まで歩いて帰りました。
BCCでの連絡ありがとうございます。
ほっとしました。
◎プレック研究所の嶋田さん
メールありがとうございます。本当に痛ましい大災害です。
以下の情報によると、畠山さんはご無事のようです。
http://twitter.com/#!/samuraioysters/status/46828710405480448
畠山さんには、畠山さんが私の母校・京都大学フィールド科学教育研究センターの特任教授をされている関係でお世話になっておりましたので、とても心配しておりました。
以上、情報を共有させて頂きます。
◎ハーモニカ演奏者の波木克己さん
鈴木先生
大変な災害で人ごとでは有りません。
多田克彦さま 畠山重篤さんが生きておられた事 本当によかったです。
私は、音楽ばか なので、出来る事は音楽しか有りません。
何か、お役に立てる事が有りましたら、使って頂ければ と思っています
よろしくお願いします。
◎川畑 輝子さん
このたびの被災者の方々には、心より、深くお見舞い申し上げます。
私に何ができるのか分かりませんが、できる限りのことはするつもりでおりますので、何なりとお声掛けください。
中根さん、川畑です。
微力ではありますが、何でもお申し付けください。
どうぞよろしくお願い致します。
◎株式会社ベルズの鈴木淳さん
お世話になっております。
ベルズの鈴木です。
実は、私も実家が仙台にあり、母と兄弟、そして親戚のほとんどが向こうにおります。
金曜日の地震直後から電話やメールで連絡をとることを試みましたが、まったくつながらず、また私自身もその夜は横浜まで4時間かけて歩いて帰り、心身ともに疲れ果てました。
土曜日の夕方になってようやく妹が公衆電話から連絡をくれて、ひとまず家や親兄弟は無事であることがわかりました。
200~300人の遺体が見つかったという荒浜地区から、私の実家までは5~6キロほどしか離れていないのですが、少々内陸にあるだけで被害は比較にならないほど小さかったようです。
ただし、ライフラインが途絶えた状況は変わらないようで、来月83歳になる母親の健康状態を心配しております。
もう数年前のことになりますが、当時建造中であった釜石の防波堤を取材したことがあり、大津波を想定した現代の土木技術の粋を集めたものという紹介をしましたが、あそこまであっけなく突破されてしまうとは、人間の英知など及ばない自然の脅威をつくづく思い知らされました。
今回のことを教訓として、ぜひとも人命、そして長年の歳月をかけて築いてきた財産を損なわないための「備え」について、民間一体となって改めて考えていかなければならないと、心から思う次第です。
また、最近はすっかりご無沙汰しておりますが、ローカルデザイン研究会のほうにもお邪魔しますので、今後とも宜しくお願いいたします。
◎高木まゆみさん
先日はありがとうございました。
大変なことになりました。
先生もご無事で何よりです。
原発の影響も心配です。
地震発生時、愛媛におりまして、先ほど青森に帰ってきました。
青森市は大丈夫ですが、八戸市や宮城、三陸が大変です。
ご心配いただき、とても心強いです。感謝申し上げます。
こちらは、大丈夫ですので、先生もくれぐれもお気をつけください。
◎戸矢晃一さん
災害時の障がい者に対する支援方法まとめています。
大切だと思います。
http://asobusiness.com/yondehoshii.txt
◎花巻市東和町土澤の猿舘祐子さん
ご心配おかけしましたが、元気です。
ありがとうございました。
酒店の商品は3分の2が破損。
古い家なので、土壁がだいぶ落ちましたがこのくらいで済んだのが不思議なくらいです。お店の掃除をしながら、営業を続けております。
お酒の匂いが充満しています。
商店街も電池、携帯コンロのガスボンべ、食料を買い漁るお客様の車が多かったのですが、ガソリンも入ってこなくなり、昨日あたりから自転車や徒歩でのお客様が増えてきました。
昨晩から電気が、今朝から電話、ネット(光回線のみ)が通じるようになり、先生から、また全国の皆さまからのメールを拝見したところです。
みなさまのお心遣い、本当にありがとうございます。
電気がつくまでラジオの情報のみで、大変なことだとわかっていても、こうして映像でみることにより、今回の地震、いえ津波が本当にすごかったんだと改めて実感しました。
いったいこれは何なんだとしか言いようがありません。
さて、今土澤商店街で建設中の、店舗つき共同住宅「こっぽら土澤」まちなか居住と商店街のにぎわいの復活を目的とし、現代の長屋暮らしと銘打ったこの建物は、高齢者向けの賃貸住宅8戸、分譲6戸、地権者住宅3戸の居住と、一階のテナントで構成されている3階の建物です。高齢者社会、限界集落、マイナスのことばかり言って暗くなって暮らすのではなく、東北の小さな町でも、明るく家族のようにお隣さん同士、仲良く暮らしているまち、そんなまちがあってもいいよねという思いを、商店主、地権者が中心となり形にしたものです。
構想から10年。誰一人お金に余裕のあるわけでもなく、ただただこのまちが大好き、このまちをどうにかしたという気持ちだけでここまで来ました。
このまちには不釣り合いだ、身の程を知れ、必ず失敗する等々、外部の雑音にもめげず、花巻市と何度も交渉を重ね補助金の採択を受け、そして、自己資金の融資では、金融機関のたらい回しの中でどうにか最低限の融資を確保し、工事が着工できたのが予定の6か月遅れのこの3月。
何度もダメになりかけたながらも、ここまできたのは、関係しているすべての人たちの思いと熱意に他なりません。
しかし、この大地震です。どうして、ここまで色々なことがあるんだろうと、大きな揺れの中、工事中の建物が崩れないようにと祈るように見ているしかありませんでした。
おりしも地震の翌日、「こっぽら土澤」の分譲のPRと資金集め(私募債)のお願いに東京に行くことになっており、行く手を何かに阻まれているような愕然とした気持ちになりました。
きのう、釜石の方が買い出しに私の店にいらっしゃいました。
学校関係の方で、子どもたちを家に帰したところ、帰る家がなくなっていたと学校にもどってきた生徒のお世話をしているそうです。
買い物のリストにある商品を商店街から集め帰られましたが、リストの紙を持つ手が震えていました。
誰が生きていて、誰がいなくなったのか、全く見当がつかない。
半ば、呆然として買い物をしている姿に、涙が出そうになって、なんと声をかけたらいいのかわかりませんでした。
お互いにこの難局を乗り切りましょうと話すのは精一杯でした。
そうです。
今は自分のいる立ち位置で頑張るしかないのです。その頑張りがまわりに伝わっていく。
お互いを勇気づけることになっていく、そう思ってやっていくしかない。
こんなことで負けてはいられません。
そうわかっているのですが、大地震、そして福島の原発の風評被害を考えると、こっぽら土澤の分譲もどうなっていくのか、私募債は集まるのか、また、石油、物資の関係で工事はどうなっていくのか、不安だらけ、全く先が見えない状況です。
鈴木先生、ここまできた事業をどうにか完成させたい。
これから本格的に各地を回って、分譲のPRつまり、このまちにいっしょに住んでくれる人を探しに、またこの事業に協力していただく私募債のお願いにまわろうとして矢先、交通手段が切断され本当に困っています。
そのためのよい方法があれば、アドバイスをお願いします。
大変長文になりました。余震は続いています。
どうか、アドバイスのほどよろしくお願いいたします。
◎岩手県土澤の猿舘 祐子さん
鈴木先生、おはようございます。
前のメールでは、長々とメールをしてしまい申し訳ございませんでした。
つらい気持ちをどこかで吐きだしておかないと、次に進めないような気がして甘えてしまいました。
訂正ー工事着工が昨年の9月、完成が今年の6月末です。
が、この状況では遅れてしまうでしょう。
さて、こちらの状況ですが、花巻空港からの沿岸までの物資、人の搬送のヘリコプターの音が日没まで止むことがありません。
お店に来たお客様情報で申し訳ないのですが、花巻空港の応援にいった消防団員によると、
九州、四国など遠くからの物資は空港まで届いているのですが、ヘリコプターの搬送のため、多くを運べないそうです。
また、緊急のけが人についても昨日は10人ほどで、数は少なくなって来ているそうです。残念ながら、後は亡くなった方たちの捜索が中心となるのではと言っていました。
また、産直の店長の話では、内陸部から沿岸への差し入れとして、お米が50キロ単位で売れているそうです。
山田の海産物屋さんも100キロのお米を買っていったそうですが、これはまだガソリンが残っているから、できることで、ガソリンが入ってこなくなると、個人の買い出し、差し入れで現地に行くのは、無理になっていくでしょう。
すでに宅急便はガソリンが確保できるまでと、営業を休んでいます。私も問屋に商品を取りに行く(配送はしてくれません)ためにガソリンを残しておいて、近所の配達、買い物は自転車、灯油を減らさないために、昼間はストーブを着けず夜だけにして、節約しています。
この津波、大地震も大変ですが、福島の原発はいったいどうなるんでしょう。
2転3転する情報を聞くにつけ、何か重大なことを隠しているのでは思わざるをえません。
また、こちらの情報を流します。
〇猿舘さんから続けて、
実は私も同じことを考えておりました。
少しでも沿岸の方のお役にたてればと。
ただ、状況が状況だけにどうアクションを起こしていけばよいのか
もう少し時間をおいたほうがよいのか、悩むところです。
行政との連携も考えましたが、行政自体それどころではないでしょう。
粛々と受け入れ体制を整えておきたいと考えておりますので、どうか、ご助言、ご指導のほどお願いいたします。
◎静岡県の松本芳廣さん
すっかり御無沙汰しております。
東北では、大変な事態になってしまいました。
畠山さんが無事と聞きました。まずは良かったです。
引き続き、情報提供をお願いします。
私も、防災関係機関勤務があと半月で定年退職のところで、今度の事態です。
被災地で対策に奔走している方々のことを思うと言葉がありません。
本県は、お陰さまで被害もなく、主に、物的、人的支援の要請に対応しています。
原発問題を含めて、さまざまな面でこれまでの考え方とやり方を見直す必要が出てくるような気がします。
アメリカが、9.11で変わったと言われますが、日本は、3.11で変わらざるを得ないと思います。
地面に足をつけて、つつましく生きる心構えが必要と思います。
◎総務省の三上義治さん
情報ありがとうございます。
ようやく、このメールにたどり着くことができました。
しばらく東京も不自由な生活を強いられますが、東北地方の比ではありません。
自分として何かできるかを常に考え行動しようと思います。
LD研の取組にも可能な限り、微力ながら協力させていただきたいと思います。
◎岩手県総務部総合防災室の小原正輝さん
ありがとうございます。
私も家族も無事です。
鈴木先生も、お怪我などされませんでしたでしょうか。
現在、職場が防災対策室ということで、今回の災害に対応しております。
被災された方々の情報を見るたびに、涙がでそうになりますが、歯をくいしばって目の前の仕事に向かっています。
皆様から励ましのご連絡をいただき、本当に心がやわらかくなります。
復興に向けて進んでいく岩手を、見守っていただきたいと思います。
メールありがとうございます。
◎鹿児島の加治屋さん
鈴木先生、ありがとうございます。
鹿児島の方も子供や家族が避難されてきた方で空港もごった返してます。
社長も宮城県知事とお知り合いで、宮城の観光関係で多少関わっており、とても心を痛めております。
パーティの際に義援金を募ったり、今はこちらから出来ることをと思っております。
天空の森からも遠く被災地の皆さま方の事を祈っております。
取り急ぎまで。
◎最後になりましたが、私が審査委員長をしている(財)ハウジングアンドコミュニティ財団で、南相馬市の団体にも助成をします。
その文章です。
追記
この講評を発表する前の3月11日に、世界最大級の東日本巨大地震(東北地方太平洋沖地震)が三陸沖に発生し、日本は壊滅的な被害を受けた。震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げ、これ以上災害が拡散しないことを心から願っている。
また、被災地である福島県南相馬市の「朝日座を楽しむ会」を選考したが、状況が把握できず、事務局から会に連絡したところ、メンバーが無事で、加えて築88年の朝日座が奇跡的に残ったことがわかった。
福島原発の爆発による放射性物質の汚染から避難命令が出て、メンバーはこの地を退去せざるを得ないが、朝日座の再生活動は、がんばって続けていきたいとの決意を語った。
不屈の精神に期待し、助成対象団体として決定をした。
南相馬市の建築物がほとんど消えてしまったいま、住民自治による朝日座の再生は、地域再生のシンボルとなり、地域住民を励ますだけに留まらず、全国や世界の人を勇気づける活動となることを期待している。
さらに朝日座が、濁流にのみ込まれた南相馬市の生活景や歴史の記憶を後世に伝える貴重で生きた建造物となり、これからも地域の暮らしを見守ってほしい。
鈴木輝隆
※本当に長い文章を読んでいただき、心から感謝です。
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