2011年8月22日月曜日

東日本大震災 情報共有 2011.8.22

久々の情報共有です。2011.8.22

〇まず、株式会社 ごえんカンパニーの代表取締役の山口八重さんからの情報です。
はがき商品券の現在の状況は以下の通りです。

・販売状況・・・7月末時点で三事業者合計、約400枚

・委託販売、PRのご協力
【北海道斜里郡清里町】7月24日オホーツクマルシェin網走で特設ブースを設置し、PRにご協力いただきました。今後も以下の通りPRにご協力いただきます。
・7月31日 きよさとふれあい広場(前回分で対応できます)
 ・8月20日、21日 北大マルシェ
 ・9月3日 きよさとふるさと産業まつり
 ・9月9日 興部マルシェ
 ・9月未定 紋別マルシェ
 ・10月10日 北見マルシェ(オホーツクビール)

【高知県幡多郡黒潮町】毎月第2日曜日に行われる海辺の日曜市で販売にご協力いただいております。
http://www.town.kuroshio.lg.jp/event/umibenonitiyouiti/

【三重県熊野市】毎年開催される和太鼓のイベント「響鼓in熊野」の東日本大震災支援ブースで販売にご協力いただきました。(ブースの様子は添付写真をご覧ください。)
http://kyoko-in-kumano.jimdo.com/

【熊本県人吉市】東日本大震災チャリティーコンサートでご紹介いただきました。
http://ameblo.jp/himawari-tei/entry-10975160983.html

【毎日新聞】7月29日夕刊で「はがき商品券」の取組をご紹介いただきました。(記事を添付いたします。)

【雑誌】rakra最新号で「はがき商品券を」ご紹介いただきました。

【その他】毎日新聞をご覧になった方(匿名とさせていただきます)から、亡くなられたお父様のご遺品の官製はがき500枚をご寄付いただきました。
はがき商品券の発送、各種ご連絡に際に利用させていただきます。

・現地の状況
三事業者さんとも完全に落着きを取り戻し、平常通りお仕事をなさっています。
一方で世嬉の一の佐藤航さんのご学友のご紹介で岩手県庁の方をお話しする機会をいただきました。
放射性物質に関する風評被害が食肉を中心にでているようです。
沿岸地域以外の地域でも二次被害(観光客の減少や原発事故の影響)が出ており、岩手経済への影響は小さくありません。
8月25日に岩手県の事業者が集まる会合に出席し現在の様子をヒアリングし、はがき商品券のような取組への期待の有無を確認して参る予定です。
「はがき商品券」の取組がもっと多くの事業者の方へ広まるように、その良さを事業者の方にもPRしていきたいと思っています。

〇(株)RPIの長澤さんと丸木さんからの陸前高田市視察レポートです。
◇日時:平成23年8月6日(土) 9:30~12:00
◇訪問先:陸前高田地域振興株式会社 物産振興課長 佐藤忠弘氏

今年の3月上旬、陸前高田市の食品事業者達と今後の食産業の振興について話しあっていた。その一週間後に東日本大震災が起こった。幸いにも知り合いの方々やそのご家族は無事であった。ようやく電話で話ができたときは、ホッとした反面、何を話してよいものか、どのような言葉を使ってよいものか迷い、ぎこちない会話となったことを思い出す。
自分一人では全く力になれない事を知りつつ、早く現地を訪問し、自分の気持ちを落ち着かせたいと思っていた。ようやくその機会に恵まれた。陸前高田地域振興株式会社の佐藤氏の案内のもと、駆け足で市内を巡った時の状況を報告する。

佐藤氏とは、横田地区にある産直施設である川の駅よこたで待ち合わせをした。ここは海岸から内陸に車で10分ほど入ったところで、津波の影響がなく、既に地元のお母さんたちが作る加工品が売られていた。花巻から向かう道中も震災の影響があまり見えず、市内の内陸部は、表向きは日常を取り戻しつつあったように感じた。佐藤氏が勤務する陸前高田地域振興株式会社は第三セクターであり、道の駅等を運営していたが、その道の駅は躯体を残すのみとなっている。今は事務所を横田地区に移し、事業を再開している。ただ、食品事業者の多くは再開できておらず、売る商品がほとんど無いのが現状である。一方で、一部の事業者は内陸部と協同で加工や委託製造に取組むなど、明るい兆しもある。
さて、気仙川の脇を車で下り市内に近づくと、徐々に震災・津波の爪あとが見えてきた。道端には酔仙酒造のタンクが転がり、津波で破壊された車が空き地一杯に並んでいた。その光景の中、山車を引く人々がいた。翌日に開催した「けんか七夕」の前夜祭であったのだろうか。約900年続いている伝統的なこの祭りは、地元の人々の力により開催されたことを後の報道で知った。

市内の高台の一角には、プレハブやコンテナによるスーパーや携帯ショップ等ができており、生活がどうにかできるようになりつつあるとのこと。仮設住宅の建設も進んでいるが、まだまだ避難所暮らしを強いられている人たちは多い。佐藤氏いわく、「一番かわいそうなのは、子ども。野球をやるのにも、瓦礫を取り除いた空き地。早く子どもたちが元気に暮らせるようにしたい。」とのこと。

草木の緑があったせいか、3.11直後の映像にあった荒涼とした雰囲気は強く感じなかったが、「昔の街の様子を知らない人が見ると、なんとなく、こんなものかと思うかも知れない。だけど、ここにも、あそこにも家があった」と聞くと、3.11の一週間前に酔仙を飲み明かした店やその街並みを思い出した。
沿岸部には瓦礫の山が散在しており、内陸部へのトラック輸送を考えると、いつ目処が立つのか分からない。まだ復旧段階である。

外部からの支援や復興に向けた様々な提案が陸前高田市にあるようだが、現時点では次を展望するためのグランドデザイン(土地利用や生活基盤等の姿)がないため、受け止めきれず、また消化不良を起こしているようである。我々も、何かの助けになればと思い助成金等のご紹介に行ったが、現地とのギャップを改めて感じさせられた。しかしながら、佐藤氏は我々と一緒に前向きに検討してくださるとのこと。小さくとも力強い活動や思いが遠くないうちに花開くことを願うばかりである。
もう5ヶ月。たかが5ヶ月。
来年、再来年も今と同じように、現地を思う気持ちを持ち続けることが我々にできることであると感じた。肝に銘じたい。
(文責:RPI丸木)

〇最後に鈴木からの「南相馬市」の情報です。

7月26日、ハウジングアンドコミュニティ財団の助成団体・福島県南相馬市「朝日座を楽しむ会」を、横浜国立大学の高見沢実先生と財団の大内朗子さんでお訪ねしました。
建設から84年たった、地域の人の愛着にある劇場(現在は映画館)「朝日座」は、幸いほとんど被害はなく無事でした。
ただ、案内していただいた海に近い地域は、壊滅状態で、海岸からかなり離れた地域に、海の中のテトラポットがアート作品のように、いくつも見事な自然の作品のようで、いまさらながら津波のエネルギーに驚きました。もちろん、この地域の家はすべて何もなくなっていて、海岸から離れた地域においてでも、漁船が田んぼ(いま田んぼは稲が作れませんので荒れています)にいくつも残っていたり、少し高いところでも、家はそのまま残っていても、津波で家内部が破壊され、カーテンなどが風でひらひらしていたのが、本当に物悲しく見えました。

また、福島第一原発20km圏内の境界は白いテープが引っ張ってあり、向こう側は市民が退去し、こちら側では普通に人が住んでいます。道路の境界線では、警察官がパトカーのそばに立っていて、ただならぬ気配がしました。その雰囲気だけで、見えない怖さが背筋を走りました。また、帰りに、飯舘村を通過しまいたが、ここは不通に村の中を車は通れますが、退去地域で無人の地域となり、家にはカーテンが引いてあり、田んぼも畑も荒れていて、ゴーストタウンの静けさがいまも心に悲しさとして残っています。
一方で、南相馬市は、7月中には市民に戻ってくるようにと宣言し、街は少しずつ活気を取り戻していくような気がしました。しかし、原発の事故はまだ解決していないし、放射能の影響も目には見えないだけに、市民の多くはこれからどうなるだろうと心配しているとは想像しましたが、意外と普通の暮らしが存在していました。

茫然としているわれわれと違って、朝日座を楽しむ会の山城雅昭さんと小畑瓊子さんは、本当に落ち着いて、朝日座を案内してくれました。また、会では7月には「いつでも夢を」の映画会を行い、100人以上の市民が鑑賞し、大きな励みとなったそうです。夏休みは子どもたちが県外に行き、秋には帰ってくるので、映画会を行いたいけど、ただの映画会では来てくれるかどうか。だれか有名な役者さんが来ていただけると、みなさんお励みになると思うのですが、誰かいませんかねと言われました。私はすぐに、スクリーングパッドの農業ビジネス学部(山口八重さんは4期生)の学部長で、役者の永島敏行さんを思い浮かべました。小畑さんらに永島さんはどうですかと尋ねましたら、すぐに「農業や朝市で有名な役者さん、おいでいただければ、みなさん励みになります。」とのことで、すぐに携帯から永島さんのマネージアーを通じてお願いしたら、一も二もなくすぐにOKをいただきました。たまたま、南相馬市の方が東京で永島さんが主宰しています「青空市」に出店していて、関係もあり、話しがトントン拍子で話が進みました。

実は、今週8月27日(土)に、銀座フェニックスプラザ フェニックスホール、東京都中央区銀座3-9-11 紙パルプ会館 http://www.phoenixplaza.co.jp/0/topics/29  で行われる、ハウジングアンドコミュニティ財団主催の第7回「住まいとコミュニティづくりNPO交流会」に小畑さんが上京し、岐阜県中津川市加子母にある118年の歴史を持ち、今の住民や子どもさんが歌舞伎を演じ続けている「明治座」の内木哲朗さん(木曽ヒノキの山守の末裔)と対談していただくことになっています。加子母は、日本で最も美しい心を持った住民と風景があり、南相馬市の人が一時でも心を休めてもらいたい山里です。
さらに、前日、小畑さんは永島さんのマネージャーと日程などの打ち合わせとなり、トントンと話は進んでいます。

たまたま、8月17日にスクリーングパッドの農業ビジネス学部に講義に行った際、永島敏行さんにも直接、お願いし、「ぜひともやらせてください」と謙虚な言葉をいただきました。また、当日はそれを含めて長期にわたる東北支援してくださる予定の20万人も労組の会長も来ていただけることになりました。
 ぜひ、8月27日、時間の都合がつきます方は、この交流会においでください。午前中は対談ですが、午後からは、日本の地域づくりの最先端のお話が聞けますし、全国の方と出会いことができます。
第7回「住まいとコミュニティづくりNPO交流会」のご案内
http://www.hc-zaidan.or.jp/josei/koryu/7.html

なお、こうした東北地域の人の活動がありましたら、ご連絡ください。
ローカルデザイン研究会の義援金は、必要に応じて使っていきたいと思います。

話が長くなりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

鈴木輝隆

2011年6月29日水曜日

東日本大震災 情報共有 2011.6.29

ローカルデザイン研究会の戸矢晃一さんから報告です。

 6月7~8日に、ごえんカンパニーの山口さん、大田さんとともに、一関、新花巻、遠野を訪ねた。
はがき商品券のキックオフから2ヶ月が経っての状況や心配事をうかがい、事務作業や新たな課題などのやりとりするためだ。

 最初の世嬉の一では社長、常務ら3名と昼食を挟み、蔵の案内も含めてさまざまな話を、新花巻ではこっぽら土澤のスタッフのみなさんと顔合わせをした後で猿舘さん行きつけの居酒屋で夕食をとりながらじっくりと、2日目は多田農場のジェラード工房の2階で、作業が終わったばかりの荘司さんとゆっくり話をした。

 その概要を簡単に報告すると、当初はどのように活用していくかについて迷ったこともあったが、いまでは、はがき商品券をどのように活用していくかというそれぞれのスタンスが明確になり、はがき商品券をきっかけにした新しい試みや期待も広がっていた。

「親戚になる」というコンセプトの通り長いつきあいのなかでのファンづくりや新しい顧客の開拓……。
商品に限らず体験ツアーとしての利用なども視野に入れ始めてもいた。
当初心配していた商品の供給能力も十分あることがわかった。

 全国から届いたはがき商品券はそれぞれに感動的だった。
短いメッセージを添えたり、写真を貼ったり、絵を描いたり……手の込んだものではないが、そこにたしかに心があり、その心を真正面から受け取っていただいていた。

 その一方で、話を初めてすぐに、それぞれの方から出てきたのは、「ところで、事務経費などはどうなっているのですか?」という言葉だった。
 はがき商品券を長く続けていくには、事務局が必要な事務経費+手数料を確保するのが当然である。
商品を売ることで利益を出すことが支援になる、事務経費等までもボランティアで続けようとすれば無理がでる。
それはいけない、というのである。
 ローカルデザイナ研究会は当初、「当分の間はボランティアで」という発想だったが、この3者の方がたは、「その先」を考えていてくださっていたわけだ。

 3カ所での話を終えて、一人降り立った遠野の町を歩いた。
遠野は被害の大きかった釜石、大船渡、陸前高田に近いため、支援の拠点として宿はどこもいっぱいだ。
しかし、観光客が激減したためお土産物さんなどは大打撃を受けているという。

 今回、「震災直後からの支援は大変ありがたかった。
ただ、震災後に被災地からやや離れた地域でも商品が品薄になったのは、被災地に支援物質を送るために全国の人が買い物をして送ってくれたからだと知って複雑な気分にもなった」と聞いた。
全国の人達が支援物質を送ったことで、被災地を支援している近隣の人達の経済がまわらなくなった。
震災直後、そこまで考えた人は稀だったろうし、もしそこまで思いがいたったとしても、やはり近所の店で新品の商品を購入した送ることしかできなかったはずだ。

 あれから少し時間が経ち、被災地とその周辺地域の経済をどう回すかを考えなければならない時期に来ていることは明らかだ。その役割の一つを「はがき商品券」がになえれば、と思っている。

◎「はがき商品券」のご購入にご協力ください。
ホームページ(http://www.hagaki-shouhinken.com/)をご覧ください。

購入方法:「はがき商品券」事務局に電話又はEメールでご注文ください。
折返し振込用銀行口座をお知らせします。
代金の振込を確認後、郵送にてご指定のご住所に発送いたします。

「笑顔と笑顔『はがき商品券』」事務局
㈱ごえんカンパニー(代表者 山口八重)
http://www.goen-company.com/
TEL:03-5843-9187
email:info@goen-company.com

鈴木輝隆

2011年6月13日月曜日

東日本大震災 情報共有 2011.6.13

みなさんに 

久しぶりの情報共有です。
被災地の情報は、だんだん薄れていくようですが、復興までには時間がかかります。
研究会のメンバーも連休に、支援ボランティアや現地調査に出かけた方もいらっしゃいます。
今後は、現場からのそうした報告もしていきたいと思います。ご報告ください。
学生も被災地へのボランティアなど行くようですから、現地からのリアルな報告をお知らせしたいと思います。
今後も、多田克彦さん、菊池新一さん、猿舘祐子さん、佐藤航さんから、
現場の情報を送っていただき、お知らせしていきたいと思います。
ぜひ、きめの細かい情報を送ってくださいね。

さて、
お蔭さまで、はがき商品券は、みなさまの協力を得て、現在、合計162枚(2011年5月末日現在)を販売できました。
病気のお見舞いやプレゼント、パーティなどの商品などにさまざまに使っていただき、
また企業や組合、市町村(ニセコ町など)でも取り組んでいただています。
NHKの解説委員の後藤千恵さんが、おはよう日本でご紹介いただき、大きな反響がありました。
まちなみカントリープレスの荒川清司さんが「KURA」6月号で、
スリージャグスの服部好江さんが、「ぱるす通信」や「旅サライ」(7月1日書店発売)、
毎日フォーラム6月号にも、情報を載せていただき、本当にご支援ありがとうございます。
心からお礼申しあげます。
チラシなど、問い合わせていただければ、送らせていただきます。
次回の第89回ローカルデザイン研究会でも、㈱ごえんカンパニーの山口八重さんが販売いたします。
これからも、みなさん、ぜひPRや販売にご支援・ご協力、よろしくお願いします。

また、山口八重さんと研究会の事務局の戸矢晃一さんが、
6月8日から、「世嬉の一酒造」、「こっぽら土澤」、「多田自然農場」に伺い、
細かく打ち合わせてきましたので、
改めて、みなさんに、現地の様子などとともに、お知らせしたいと思います。

◎その後、義援金を送っていただいた方です。
・大内 朗子様
・伊藤 雅春様
・福田 敏明様
・捧 富雄様
・加藤 研介様
・山梨県北都市・三代校舎ふれあいの里(おいしい学校、大正館、津金学校)お客様(2回目)
・山口 八重様
合計 109名      1,999,929円
多田克彦さんへの支援金  400,000円
猿舘祐子さんへの支援金  252,500円
佐藤航さんへの支援金   200,000円
畠山重篤さんへの御見舞金 100,000円
振込手数料          840円
利子              6円
残金          1,046,595円
今後、はがき商品券の印刷費等を支払う予定です。
みなさん、本当にありがとうございました。
今後の義援金の活用は、被災地の状況を見て、
事務局を中心に検討し、必要なことに使っていきます。
ご意見などありましたら、お願いします。
また、支援が必要な活動や被災地の雇用や産業の復興支援などの情報がありましたら、お知らせください。
山口さんの㈱ごえんカンパニーでは、
被災地での再興や起業もマイクロクレジットなどで、支援もしていきます。
はがき商品券でも応援しますので、お知らせください。

◎第90回ローカルデザイン研究会では、
阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク結成、
現在も世話人として活動しています、
小林郁雄先生(神戸山手大学現代社会学部環境文化学科教授)をゲストとしてお招きし、
「阪神・淡路から東北へ~震災復興の市民まちづくりに向けて」と題して、お話を伺います。
その際、今後のLD研究会の支援のあり方も考えてみたいと思っています。
ぜひ、ご参加ください。

◎花巻市の猿舘祐子さんから、LD研究会のメンバーの小山織物の小山典男さんが、
「ハーティネットとうわ」に支援物資を持ってきていただいた、お礼の報告です。

瑞穂ベアーズのみなさんへ
 
 岩手県花巻市ハーティネットとうわは、3月11日に起こった東日本大震災で地震、
津波で大きな被害にあった岩手県の沿岸地区のみなさんに対し、
「何か自分たちにできることはないだろうか」という強い思いから
沿岸地区のみなさんに支援を始めたグループです。
 今回、小山典男さんより、瑞穂ベアーズのみなさんにより
ご協力いただいた支援物資(子供服、紙パンツなど)を、
ハーティネットとうわは、
5月28日岩手県大槌町つつみ保育園にて行われた《がんばっぺし広場》にて、
会場に来ていただいた被災者のみなさんに提供いたしました。
 その様子をお知らせいたします。

◎岩手県大槌町は、釜石市の北に位置している人口1万5千人の漁業の町です。
今回の津波で壊滅的な被害を受けました。
特につつみ保育園がある吉里吉里地区は、海に隣接しており、
地区全体が被害に遭いました。つつみ保育園と隣の吉里吉里小学校は、
高台にあり津波の被害から免れました。
被害の様子です。
 
 遊覧船はまゆり号が津波に流され家に上に。  鉄筋の建物は流されずに済みましたが、中に
 今は家から降ろされ、解体されました。      海水が入り込み、使うことはできません。
 
津波後、火事になった家。         海沿いの道路のフェンスは津波によりゆがんでいます。
がんばっぺし広場の様子

「がんばっぺし」とは、がんばろうという意味の岩手弁です。
震災から2カ月が過ぎ、生活する必要なものすべてが津波で流された人たちに、
新しい生活をするための生活用品を選んでいただくイベントです。
つつみ保育園の子どもたちの家族はもちろん、
吉里吉里地区の多くのみなさんに参加していただき大盛況でした。
 5月25日の朝、小山典男さんにより、みなさんの支援物資が花巻に到着。
その日のうち、つつみ保育園に届けました。
  
 みなさんから届いた物資は、多くのみなさんに喜んでいただきました。
   
   
瑞穂ベアーズのみなさん、ご支援ありがとうございました。
これからも見守ってくださいね。

※猿舘さん、必要なことやものがありましたら、お知らせください。

◎NPO法人遠野山・里・暮らしネットワークの菊池新一さんからの情報です。
皆さまへ  № 20 2011・6・7
 しばらく情報提供途絶え失礼しておりました。
活動を休止していたわけではありませんが、
今も、物資のストックヤード管理、配送、ニーズ調査、被災地からマイクロバスで遠野においでいただき、
入浴、昼食サービスを行う、ほっとひといき事業の取組みなどを担当しています。
 物資の配送については、避難所の先の民家に避難している避難者を対象にしております。
当初、物資は民家に避難している人たちには行き届かない状況でしたが、
ここに来てなんとか対応できています。
 避難している人たちは、日に日に明るさを取りもどし、
避難所にいる人たちよりも明るく、前向きの人たちが多いことに気がつきました。
 物資の配送担当も、被災され失業された方4人を雇用というかたちで対応しています。
現地で被災された方1人にボランティア1人の2人一組で1台のトラックで配送します。
陸前高田が2組、大槌が2組合計4組8名で毎日対応しています。
 被災された方を雇用という形で対応することで、
今まで私たちや、ボランティアの人たちだけで対応していた物資の配送、ニーズ調査は劇的に変わりました。
 私たちだけの場合、言葉遣いや、気遣い、対応の仕方など細かい配慮が必要となります。
一応対応はできているとは思っていましたが、初めて被災者の方と物資配送に同行した時には驚きました。
 「よー、生きてたかー」こんな会話から始まります。
もちろん現地の人ですから土地勘、人はよく知っているし、仕事は順調に進みます。
ニーズ調査も気兼ねなく土地の言葉で会話が進みます。
早く、このスタイルにすればよかったと思います。
 職歴が、豆腐屋さん、酒屋さん、宅配便の仕事をしていた人、
ガソリンスタンドに勤めていた人ですので、地域の人はみんな知っている人たちなのです。
 毎日この方たちが、元気を運んでいるような気がしています。
このような事業も、全国からいただく御好意、ご支援の賜物です。
本当に感謝いたしております。
韓国やアメリカなど国を超えた御好意も届いております。
 今後とも、よろしくお願いいたします。

遠野まごころネット活動資金の募集始めました。ご協力のほどお願いいたします。
口座番号 東北銀行遠野支店 3186563 遠野まごころネット 代表佐藤正市

※今後も菊池新一さんの活動も支援していきたいと思っております。

◎はがき商品券の内容は、
以下の3事業者をパートナーとしてスタート。
「こっぽら土澤」(岩手県花巻市)、
「世(せ)嬉(き)の一(いち)酒造」(岩手県一関市)
「多田自然農場」(岩手県遠野市)

商品内容は「はがき商品券」ホームページ
(http://www.hagaki-shouhinken.com/)をご覧ください。

購入方法:「はがき商品券」事務局に電話又はEメールでご注文ください。
折返し振込用銀行口座をお知らせします。
代金の振込を確認後、郵送にてご指定のご住所に発送いたします。

「笑顔と笑顔『はがき商品券』」事務局
㈱ごえんカンパニー(代表者 山口八重)
http://www.goen-company.com/
TEL:03-5843-9187
email:info@goen-company.com

企画・協力:ローカルデザイン研究会 江戸川大学 鈴木輝隆
デザイン:梅原デザイン事務所 梅原真
イラスト:村井良江

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。

鈴木輝隆

2011年5月17日火曜日

ケッパレ!東北 笑顔と笑顔 2011/5/13

ケッパレ!東北 笑顔と笑顔
「はがき商品券」プロジェクトをスタート
―東北復興の持続可能な経済支援の新しいかたち―

ローカルデザイン研究会

ローカルデザイン研究会(主宰:江戸川大学社会学部教授 鈴木輝隆)は、東日本大震災の被災地復興にお金を持続的に支援する仕組みとして、「ケッパレ!東北 笑顔と笑顔 『はがき商品券』」をスタートします。東北地域の復興には、義援金・支援金だけでなく、地域が自立していくための経済振興、雇用創出を図っていくことが重要です。「はがき商品券」は、東北の地場商品の販売拡大を進め、持続的な経済支援・雇用促進を目的としています。

「はがき商品券」は、東北を応援したい人が事務局からはがきを購入し、はがきにメッセージを書いて投函すると、東北から心のこもった地場商品とお礼メッセージが届く仕組みです。東北への経済支援とともに応援メッセージも届けることができ、また東北からもメッセージが返ってくることで、顔の見える温かい支援と交流ができます。また、「はがき商品券」は他の人にプレゼントすることもでき、支援の輪を拡げることができます。購入または受け取った「はがき商品券」を投函せずにすべて寄付することもできます。

まずは岩手県の3事業者からスタートし、今後は、東北側のパートナーを徐々に拡げるとともに、首都圏~全国での販売協力窓口を拡げながら、地域に根ざした自立的な復興の取組を盛り上げていきます。

「はがき商品券」の購入方法など詳細については次頁をご覧ください。


 販売価格:1枚5,000円(送料込、切手代別)

 次の3事業者をパートナーとしてスタートします。
「こっぽら土澤」(岩手県花巻市)、
「世(せ)嬉(き)の一(いち)酒造」(岩手県一関市)
「多田自然農場」(岩手県遠野市)

 商品内容は「はがき商品券」ホームページ(http://www.hagaki-shouhinken.com/)をご覧ください。東北の四季を感じられる商品をお届けします!

 購入方法:「はがき商品券」事務局に電話又はEメールでご注文ください。折返し振込用銀行口座をお知らせします。代金の振込を確認後、郵送にてご指定のご住所に発送いたします。

 「はがき商品券」事務局
㈱ごえんカンパニー http://www.goen-company.com/
TEL : 03-5843-9187
email : info@goen-company.com

 企画・協力:ローカルデザイン研究会 江戸川大学 鈴木輝隆
デザイン:梅原デザイン事務所 梅原真
イラスト:村井良江

笑顔と笑顔「はがき商品券」の販売スタート

みなさんに 2011.5.17

東北応援「笑顔と笑顔『はがき商品券』」の販売を、
5月13日の第88回ローカルデザイン研究会からスタートしたしました。
その日は、約60人くらいの出席で、78枚が売れました。
本当にありがとうございました。
その時に配布しましたチラシ、仕組みなどを添付します。

東日本大震災の津波の被害は本当に甚大ですが、
避難所から仮設住宅へ、
ガレキとなった家や家財道具などの処理など進むと思います。

ただ、これから東北地域の復興は、まだ方針も決まらず、
街や産業の具体的再生のイメージはまだなく、長い時間がかかると思います。
支援物資や義援金だけを当てにしていても、未来は見えませんし、
普通の日常は日々の暮らしの営みから生まれます。

私が被災地の現場を見てきた中でしか言えませんが、
何もなくなった大槌町や陸前高田市は未来への希望がもてる地域となってほしいし、
今回の震災の復興のモデルとなってほしいシンボルとして釜石市、
日本を代表する水産業の復活を願う気仙沼市など、
願うだけでなく、何か自分たちにできることで応援したいと思っています。

基本的には、東北の哲学と風土性、歴史の中で積み上げて、
地域の空間構造を考えるとともに、地域経済を復興していくことが大事だと思います。

そこで、東北地域のまじめで丁寧なものづくりを支え、
地域経済を復興していくことが、
いま、われわれが応援できることだと考えて、
笑顔と笑顔「はがき商品券」を発行することにしました。

今回の3者は、一ノ関市や花巻市、遠野市で、直接、津波の被害はないところですが、
被災者の方々が、地域の人が普通の日常生活をできるように、
できるところから働く場の創出し、経済を復興することだと考えました。

長い支援を行うためには、日常的に業務が行う仕組みが必要です。
たまたま、ローカルデザイン研究会とのつながりのある、
若い人たちが地方の農業や地域産業を支援する会社を創設しようとしていました。
今回、はがき商品券の販売窓口となる
ごえんカンパニーは、
公認会計士である28歳の若い山口八重さんらが仲間と、
地域の産業を支えるために、5月10日設立した会社です。
今回のはがき商品券の販売では、手数料など一切とらず、
すべて東北のみなさんにお渡しすることからスタートします。

ごえんカンパニーのビジョンは、これから地域の産業を興す人たちをお金の面から応援することです。
今回も含めて地域での活動を、
お金から支援するマイクロクレジットなど専門性を生かした新しいカタチの会社です。

今回の3者から始めて、これから少しずつ動き始め、
被災地のすべて破壊されてしまった地域産業と暮らしを支援していってほしいと願っています。
また、復興を行っていく際には、はがき商品券を新たに発行していきたいと思います。

研究会で配布した資料をつけますので、ぜひ、はがき商品券を買って応援し、
この企画のPRなど、一人一人ができることから、多くの人たちへ寝っとぁーくを使って、
人が集まる場所で持っていって配布など、
どんどん広げていってほしいと願っています。

はがき商品券の内容は、
以下の3事業者をパートナーとしてスタート。
「こっぽら土澤」(岩手県花巻市)、
「世(せ)嬉(き)の一(いち)酒造」(岩手県一関市)
「多田自然農場」(岩手県遠野市)

商品内容は「はがき商品券」ホームページ(http://www.hagaki-shouhinken.com/)をご覧ください。
東北の四季を感じられる商品をお届けします!

購入方法:「はがき商品券」事務局に電話又はEメールでご注文ください。
折返し振込用銀行口座をお知らせします。
代金の振込を確認後、郵送にてご指定のご住所に発送いたします。

「笑顔と笑顔『はがき商品券』」事務局
㈱ごえんカンパニー(代表者 山口八重) http://www.goen-company.com/
TEL : 03-5843-9187
email : info@goen-company.com

企画・協力:ローカルデザイン研究会 江戸川大学 鈴木輝隆
デザイン:梅原デザイン事務所 梅原真
イラスト:村井良江

みなさんのご協力を、心よりお願い致します。
また、何かアイデアなりありましたら、お知らせください。

鈴木輝隆

2011年5月3日火曜日

東日本大震災 情報共有 2011.5.3

ご縁カンパニーの山口八重さんを中心に、いま、はがき商品券の最終的な詰め、デザインは梅原真さん、イラストは村井良江さんで進めています。
みなさん、お忙しいなか、ありがとうございます。
はがき商品券、13日のローカルデザイン研究会からスタートします。
みなさん、ぜひご協力、よろしくお願いします。

◎世嬉の一酒造株式会社の佐藤航さんから 4/29
素敵なデザインありがとうございます!
このデザインだけにならないよう、商品も魅力あるものにしたいと思います。
デザインのチェックですが、多分、これから訂正だと思いますが、
世嬉の一と土澤まちづくり会社のはがきの商品の【商品に関する問合せ】がすべて多田自然農場になっておりました。
よろしくお願いします。

岩手には本日新幹線が開通しました!
町には観光客というより、被災地に行かれる方がすこし来ています。
また、最近は沿岸支援を一旦中止し、一ノ関の雇用促進住宅に非難してきた沿岸のご家族に、
中古自転車を修理し必要な方にお配りする活動をしていました。
意外と買い物に行くときとか、自転車がないと不便なようです。
これも行政が対応できるようになったら終了すると思いますが、今しばらく自転車+アルファをお届けしようと思っております。

本日、一ノ関は桜が満開です。
磐井川(いわいがわ)も素敵な風景になっています。
今後ともよろしくお願いします。

〇追加情報です。
世嬉の一の佐藤航です。 5/2
この度はたくさんのご支援本当にありがとうございます。
今回の震災ほど人々の温かさを知ったことはなかったです。
また、人のつながりの大切さをすごく感じております。

今回は「はがき商品券」の事で大変ご苦労をおかけしております。
本当にありがとうございます。また、申しわけございません。

具体的には知りませんが、報道等によれば、東北のお酒を買う動きが高まっているといいます、というご指摘がありますが、確かに私どもも南部美人の久慈浩介君がYOUチューブで人気になり、東北のお酒に関して被災需要をいただいていることも事実です。
しかし私どもはすごく不安なことも事実です。
今動いているのは大型の卸業者さんで、東北支援と言いつつも価格・納期も厳しくおそらく、また、震災ブームがすぎるとぱったり注文がこなくなるだろうなぁと考えております。

経営的にも非常に脆弱なものです。もしかしたら赤字になっているかもしれません。
その意味で今の買う動きに感謝しつつも非常に不安と恐怖を覚えております。
当社の強い部分である観光業としての側面も、GWといえども経営が成り立たっておりません。
人が来てくれないし、商品も動かないのです。
大手さんからの受注に対応し、なんとかレストラン部門の社員を発送やラベル貼りに参加してもらってすごしております。

今回、LD研の皆様が考えていただいた「東北と親戚になろう」というコンセプトすごく嬉しく思います。
これしかないと考えておりました。
この企画は、一瞬のつながりではなく、長いお付き合いができるための「きっかけ」をつくるプロジェクトと認識しております。
先ほど痛感していた人のつながりをどんどん作れるお話しに嬉しく思っておりました。
私達の親戚が日本全国にたくさん出来たらどんなに素晴らしいだろうとそればかり考えておりました。
そのための商品作りをしなくてはと考えております。
ぜひお願いしたいと思っております。

今、私どもの会社では4月21日より社員やパートさんを仕事がなくても休職にさせず、会社に来ていただいております。
私達は仕事を造らなくてはいけないと考えております。
地元の雇用を生み出し、生産し、給与をお支払いすることの大切さを感じております。
仕事のない不安は、経営者の私はもとより社員やパートさんの一人一人も感じていると思います。
とにかく今は、この地域に仕事がほしいということがあります。
物資や義援金をもらうことも本当に嬉しいのですが、1000枚の夢のあるはがきを売ろうと努力することの方が、
私も社員も力が出ますので大丈夫です。
(実際はみんなで苦労してやると思います。商売は下手なほうですので、でも苦労する意味がちがうので、力が出ます)

供給体制ですが、一回に1000部くるとは思えないし、もし200-300セット1回に来たら、社員一同、喜んで発送作業をやると思います。
いつまでも蔵の掃除や片づけでは食べていけないことは社員も肌で感じていますので・・・

もし猿舘様の方で不安な場合、私達もお手伝いできることはしたいと思います。
東京より近いし少しはお力添えできるかもしれません。
資材業者や宅配便の体制などもご相談できるかもしれません。

私は、この試みをスタートさせ修正させながら新しい価値観を造って行きたいと思います。
どうぞ皆様何卒よろしくお願いします。

※佐藤さん、世嬉の一さんには頭が下がる思いがします。
何とか、5月13日スタートのはがき商品券を成功させていきたいと思っています。
梅原真さんのはがき商品券のチラシが完成しましたら、みなさんにメールで送り、ご協力を得たいと思います。
よろしくお願いします。

◎猿舘 祐子さんから 5/3
佐藤さんのメールを読みました。
どこの地域も一緒なんだと思いました。

あの3.11地震後、年度末の総会後の宴会、飲食店での3月の謝恩会、送別会がすべてキャンセル。
お酒はあっても、食材が手に入らないと、3月末まで休業する飲食店が多く、その上、ガソリンがなく配達もできない。商品も工場が被災していて作れない。
飲食店、配達の比重が大きい我が家の酒店も休業状態が続き、一体どうなるんだろうと、本当に不安な日々は続いていました。

2回目の大きな地震で、父親の代からのアパートの路肩が崩れベランダが傾き、修復を余儀なくされているなど自分のことさえ大変なのに、こっぽら土澤の建設を進めていかなければばらないし、どこまでこの地震は自分を苦しめ続けるのかと、頑張ろうという気持ちが萎えてくるようなことばかりが続きました。
4月になりやっと落ち着いてはきたものの、3月のダメージが大きく、先行きの不安は消えるどころか、いったいどうなるのだろうと不安が、大きくなっていくばかりです。

そんな時、はがき商品券の話がでてきて、少しでも、酒店の利益につながるのであれば、 やってみようと思いました。
それと、いつまでも従来の商売の仕方ではなく、新しい方法を模索していかなければ、明日はないと常々思っていましたから、新しい試みを行うことで、将来の展望を見つけるいい機会だと思いました。

正直、多田さんや佐藤さんのように商品を一社でまとめることが出来ないこと、私自身のネームバリューがないことなどからやれるかどうか非常に不安でした。

商店街の商品を選んで、それをまとめて配送する。
商工会議所やまちづくり会社を通して行うと、公平性を保つため、商店への説明をし、参加店を募り、順番で・・・、なんてことになるといつまでも決まらない。
考えた末、こっぽら土澤の事業主体である、合同会社土澤長屋暮らしで進めることにしました。
商店街のためもあるけれど、自分も利益をとらなければ、商店街がつぶれる前に、猿舘酒店が潰れてしまう。
そこは、しっかり考えて行わないと、はがき商品券の商品の手配、商品の提供した店への支払い等の事務的業務だけに、労力を費やすことのみで終わってしまう。
商品の選定は、私猿舘の独断。
猿舘酒店の商品は必ず入れること。
まずは、それをベースにスタート。
後はあれこれ考えても始らない。
まず、やってみる。
やってだめであれば、変えていく。
その繰り返しの中でいい方法が見つかっていくものと思っています。
雇用のことも、すべてが最初からうまくはずがありません。
でも、最初がうまくいかないから、「はい、やめました。」というものでもありません。

スタートは20枚、30枚くらいかもしれないけれど、少しずつ親戚を増やすつもりでやっていきます。

皆様に御苦労をお掛けしたしますが、よろしくお願いいたします。
世嬉の一の佐藤さん、色々教えてください。
よろしくお願いいたします。

◎多田克彦さんのブログから http://tadanaturalfarm.blogspot.com/
東日本大震災 最前線レポート 4/27
「台所用品 4トン車1台提供へ」

4月27日午前7時半、東京江東区野田ホーロー株式会社の野田和聖(カズキヨ)さんが、各種ホーロー用品300セット分積んで遠野風の丘へ来ていただきました。
釜石は仮設住宅入居が始まりました。
全部で5000余の住宅を提供する予定です。
全員入れると市職員の方は言っておられました。
操業して77年目、野田ホーロー様のホーロー用品は素晴らしいものを提供し、消費者からも絶大の信頼を寄せられています。
保存容器、ケトル、ティーポット、コーヒーポット、深鍋、片手鍋、茶わん等などです。
釜石市に午前9時30分に到着し、釜石市長に手渡されました。
小佐野小中学校に一時的に保管され、5月3日、釜石・遠野の信徒会ボランティアで分けられ、300戸の家庭に提供する予定です。

東日本大震災 最前線レポート 4/26
「最後の温泉あったかツアー」
4月26日、心も体もあったか温泉ツアーの最終回を迎えました。
今回は海岸沿いの松原町、嬉石町の漁業を営む人たちを中心に40名の乗車となりました。
この企画のよいところは、乗る地区、人によって雰囲気が違っていて、だまっていても現在の状況を話の行間で知ることができること。
今回の特徴は、船も家も仕事もなくし、絶望の中に忍耐強く時を待っている人たち。
ここに光をみるとすると、コミュニティーの存在。
久しぶりに漁師の方々があいまみえた喜びをバスの中に充満させていました。

「辛抱強さ」東北人の特徴としてよく言われますが、今回それを強く感じました。
誰がリーダーということもなく、食べたどんぶり、皿を自分たちで片づける。
あたりまえのことをあたりまえにこなす。
この姿勢に淡々と行う自然の姿に感動するのです。
仮設住宅に入る時もできるだけ、コミュニティーごとに入れれば、安心という心の安定をいただけると思いますが、、、どこまで考慮できるか。

このツアーのせいかどうか、釜石市に温泉課というのができたと聞きました。
お蔭様で、計7回、300人余りの方々と元気を取り戻すツアーを実施することができました。

※多田さん、本当にお疲れ様です。
素晴らしい日ごろからのネットワークが、被災者を励まし、支援が実っています。
はがき商品券、少しでもお役にたてればいいのですが・・・

◎小林郁雄さんから 5/1
やっと今日5/1に添付を読み、中にあった
アーバンデザイナーズアソシエイティッド(UDA)の加茂 洋さんの作られた素晴らしいHP<http://www.geocities.jp/civic_assets/index.html>で、4/26に書かれた現地報告書(4/16〜18)もゆっくり再読させていただきました。(ちょっと忙しかったので、4/26の添付を夜中にざっと見ただけでした)。
現地疲れ(私も帰って3日くらいは何もできませんでした、精神性疲労というか津波ショック症候群ですね)や、ご友人のご不幸など大変な日々であったのに、キチンとした報告にアタマがさがります。

はがき商品券も、さすがの梅原さんで、とても素敵なものになりそうで楽しみです。
じつは、4/9に花巻〜遠野にお伺いしたとき、猿舘さんに風の丘を案内いただき、お昼を食べたときに、菊池さんのプロジェクトで、多田さんの製品コーナーも教えていただきました。
4/11に釜石から帰り道に寄ってもらって、飲むヨーグルト、熟成チーズケーキ、農耕ショコラ2、ウインナー(バジル、ガーリック、あらびき)、大粒納豆を、ばたばたとお土産に買って3987円でした。家で順繰り楽しんで食べました(みんな美味しいです!)。送料入れても、5000円商品券ならもっとある!と大いに期待してます。

連休は神戸から、3パーティ程宮城、岩手に出かけました。
釜石で、5/1~5/5に行われる復興スタート祭り「まんず やっぺし かまいし」が行われるというので、神戸まちづくり研究所(私が理事長してます)の辻信一が5/2夕方から(他にも1~2名)、5/4~5/5にはストリートミュージシャン作人(さくと)くんとジャグラー山田大地くんの若者も応援にいきます。マネージャー役の辻の本業は都市計画コンサルタントで、神戸市震災復興記念公園「みなとのもり公園運営会議」代表をしており、公園で活動し始めたいろいろな若者達を束ねております。

避難所から仮設住宅への移動がはじまれば、そろそろ歌舞音曲と花鳥風月の出番が始まります。
神戸で震災4か月後にスタートした「ガレキに花を」活動の東北版(921台湾版や911NY版、中越版もしました)も、準備開始です。原発汚染畑は菜の花ですか。

5/4〜5/7福島県に行きます、三春町での後方支援と土蔵被災調査(今回の地震被害の最大の被災建物は土蔵です)を、在住の建研の岩田司さんと輪島の土蔵再生に関わっている水野雅男さんとで行きます。できれば、いわき市や福島浜通りの津波被災地と原発事故地周辺を見てきます(60歳以上のプランナーの責務だとアジってます)。

そろそろお元気になられる頃だと思いますが、LD研(5/13高松丸亀商店街古川さんですよね、残念ですが連休明け講義があって行けません)も頑張って下さい。

◎戸矢晃一さんから 4/29
「日本のデザイン2011」展トークイベント
東京ミッドタウン・デザインハブ第27回企画展「日本のデザイン2011」
- Re:SCOVER NIPPON DESIGN デザイナーが旅する日本。
トークイベント開催!

東京ミッドタウン・デザインハブを構成する三機関の合同企画「日本のデザイン」展は、昨年に続き2回目の開催となります。
本年は「Re:SCOVER NIPPON DESIGN デザイナーが旅する日本。」をテーマとして、異なる領域で活躍されている3名のデザイナーの方々に、これからのデザイン、これからの日本を考える視座を探る旅に出ていただきました。
本展の関連イベントとして、展示しきれていない旅のお話などをお聞きするトークイベントを開催いたします。
参加ご希望の方は、こちらからお申し込みください。
参加費は各回とも無料です。

■「日本のデザイン2011」トークイベント
5月17日(火)19:00-20:00
 梅原真×広川智基×藤本智士
参加費:無 料
定 員:90名
会 場:インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター
   (東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー 5F)
お申し込み:「日本のデザイン2011」申込ページ
http://www.designhub.jp/seminar/2011/04/28-1418.html

※今回、はがき商品券のデザインをお願いしてます、梅原真さんのトークが聞けます。
まだ、間に合うと思いますので、お聞きになりたい方は申し込んでください。

◎ドイツの池田憲昭さんから、猿舘さん、小原さんへ 5/2 
被災地ではまだまだ大変な状況が続いていると思いますが、いかがお過ごしでしょうか?
現地を実際に見ていないので、想像でものを言うしかないのですが、鈴木先生が書かれているように、サポーターの方の精神にも肉体にも大きな負担の かかる過酷な状況であると察しています。ただそのようななかでも、猿舘さん、小原さん、または多田さんらのレポートから伺えるように、少しずつ希 望の光、春の日差も指していることに勇気づけられます。メディアに惑わされない長期的な支援が必要だと感じています。

さて、好評だと聞いている木のおもちゃですが、まだ集められると思います。
フライブルクの日本人の子ども会など。
需要があれば遠慮無く仰ってください。
送料は寄付金を一緒に集めれば済むことですし、お気になさらなくて結構です。
お金による支援と平行して、このような心のこもったものも、被災地の人たちにとって重要じゃないかと考えています。

また、先日お送りしましたおもちゃ、現地の子供たちの手に既に渡っていましたら、その写真など、差し支えなければ送っていただければ幸いです。
提供元の黒い森木材チェーン協会が楽しみにしています。
よろしくお願い致します。

※ 写真や報告などありましたら、みなさんにもお知らせしようと思います。

◎WWFの上村 真仁さんから(石垣島) 5/1
こんにちは。今回の震災では先生のネットワークを通じた現地の状況及び様々な皆さんの支援の動向を発信してくださりありがとうございます。
さて、先日は突然のお電話で色々とアドバイスをいただきありがとうございました。
私の勤めているWWFジャパンでも被災地の自然再生などの本業での被災地支援などの前に、何らかの支援を行いたいと募金を行ってきました。
その配布先として下記のクライテリアでの検討をしております。
上村個人は、被災地域とのつながりが無いので鈴木先生にご紹介いただき直接ご支援できればと考えています。
現在、ニーズの高い支援内容についてご確認いただければ幸いです。
(支援が具体的に何に使われるかの明確化が必要なようです。温泉あったかツアー1回分などがわかり易いかと考えています。)

WWFジャパンの支援の考え方は、下記の通りです。
「迅速性」すばやく支援できる
「透明 性」支援理由が明確であり、公開できる
「公平 性」個人や偏った支援とならない
「人数」や「影響力」
「緊急性」
「他からの支援の困難性」
「要望(活用目的)の具体性」
「効果の大きさ(人数など)」
「効果の確実性(キーパーソ ンとの関係、活動実績)」
「WWFあるいはWWFジャパンとして、自然保護活動に関係がある方(組織)」を通じたものかどうか?
・上記1.でなくても、個人的な関わりによって、届ける先 の顔が確実に見えているか?
大変お忙しい中恐縮ですが、具体的な現地の要望等がありましたらお教えいただければ幸いです。

〇追加情報です 5/2
はじめまして、石垣島白保でサンゴ礁保全や持続的な地域づくりに島の皆さんと取り組んでいます上村(かみむら)といいます。
よろしくお願いします。
この度の震災は、想像を絶するものであり、大きな衝撃を受けました。
遠隔地におり、具体的なご協力ができないなかでの無力感や焦燥感などに駆られています。
そうした中で、皆さんの具体的かつ的確な取り組みを拝見し、人が生きていくために本当に大切なものは何かということを考えさせられているところです。

皆さんの取り組み、いずれもが必要不可欠であり、かつ緊急度も高く、意味のあることであると思います。
日々、現場からの報告・発信を拝見して心が震えています。
皆さんの中で、どんな些細なことでも良いので、こんな現場での支援活動をしてみたいというアイディア、思い、マスメディアで取りあげられていないが、実は孤立したコミュニティが困っているなど挙げていただければと思います。
WWFではできないことでも、皆さんと共有することで実現に向けて一歩進められるように私も微力ながら皆さんと活動したいと思います。

日々、現場でご苦労されている皆様のご活躍に頭が下がる思いで、いっぱいです。
※本業としては、自然保護(湿地や沿岸域の生物多様性など)、水産業支援(持
続可能な水産業など)を行う予定です。
現場でお気付きの点などがあればあわせてお教え下さい。
また、これまで“つながりぬくもりプロジェクト”と連携した取り組み(太陽光、
太陽熱温水器などの設置)  http://www.isep.or.jp/tunagari-project.html
FSC認証木材による仮設住宅の設置の支援などを行っていく予定です。
http://www.wwf.or.jp/staffblog/index_5.html

※せっかくのWWFからの申し出です。
支援の対象になる活動を教えてあげてください。

◎加茂洋さんから 5/1
メールと現地レポートありがとうございました。
現地の皆さんの状況・思いが伝わってきました。
何が大事なのか改めて考えさせられました。

その後、4/27に頂いた情報やメニューの構成等を更新致しました。
支援先の皆さんのBLOG、更新履歴、MAP、現地レポートのメニューを追加しました。
今後更新内容が気になられる事などありましたら、更新履歴ご参照ください。
MAPからのリンクは整備中です。
畠山さんとハーティネットのページも追加しました。
これから、今まで頂いている情報も少しずつ更新していきたいと思います。

また、気になられる点や、やめた方が良い事等ありましたら、
教えていただけたらと思っております。
皆さんの負担にならないようにしたいと思っております。
http://www.geocities.jp/civic_assets/index.html

◎岩佐さんから 4/28
猿舘さん来週お伺いする際にご意見をお聞きしたいことがあります。
ビジネスとは関係ないのですが、私が働いている会社のデザイナーの有志や外部のクリエーターの方に声をかけて、子供たちに元気になってもらえるような出張イベントのキャラバン隊を計画中です。7月中旬を開始の目標にしています。
賛同してくれているクリエーターの中には、東京ディズニーランドの乗り物をデザインしている人もいて、面白くてハートのいいオヤジの集まりです。おやつを食べたり、遊んだり、廃材を使ってものを創ったりするイベントで、一番は子供たちに笑顔になってもらいたいことと、ものを創造する楽しさを感じてもらいたい。ビデオゲームばかりやっているのではなく、デジタルではないことの楽しさを再発見してもらうようなイベントにしたいと思っています。こんなイベントをやってもらいたいという地元のニーズがあればでかけていきたいのですが、なんといってもネットワークがありません。どなたかこころあたりがあればご紹介いただければ幸いです。
来週うかがったときにお話できたりすると最高ですが、無理はいいません。なにせこちらで勝手に考えている企画ですので、被災された方からみるとだめな点などいっぱいあると思いますので、現地の声を聞かせていただければと思います。添付はうちのデザイナーがつくったチラシのイメージです。以下のメールのやりとりはどんな企画を考えているか感じていただくために添付させていただきました。すみませんまとまっていなくて、いろんなことが書いてありますが、ざっと目を通していただければ幸いです。

鈴木先生
レポート詳しく読ませていただきました。ずっとご無理なさっているので、体調にご留意ください。私も微力ながら来週お手伝いに行ってまいります。もし鈴木先生のネットワークの中で、このようなことの相談にのっていただける方がいらっしゃいましたら、ご紹介いただけますと助かります。

〇猿舘祐子さんから岩佐さんへ
夏休みにでもできそうな楽しそうな企画ですね。
岩手に来た時にお話ししましょう。

どのような岩手でのスケジュールになっていますか。
行く前に、ちょっと土沢に寄っていただいて、
ボランティアが終わった帰りに、じっくり話ができればいいですね。
現地を見て感じたこと、ボランティアをした感想を聞かせて下さい。
その上で、みなさんの企画のことも考えましょう。

きょうも小原ナオ子さんと大槌に行ってきました。
仮設住宅の建設が始まっていました。
だいぶ瓦礫がなくなっていましたが、
現場に立つと、どうしようもない現場の厳しさを感じてしまいます。
そんな中でも、沿岸にも春が来ていました。
山々の芽吹きの色、色とりどりの花がホッとさせてくれます。

大槌は桜が散り始めています。
遠野は、まだつぼみのまま。
花巻は、岩佐さんがいらっしゃるころは満開だと思います。
お気をつけてお越しください。
お会いできることを楽しみしております。

◎先端起業科学研究所の竹内裕明さんから 4/28
このたびの震災におきまして、鈴木先生のメールを通じまして様々な現場の活動を知ることができ感謝いたします。
私は顧問先の関連で、様々な支援活動のお手伝いをさせていただいておりますが、そのうちの1社が復興支援のためのレンタカーとカーシェアリングの企画をいたしましたので、資料を送付させていただきます。

添付いたしました企画をしましたのは、私の顧問先の会社です。
もともと中古車販売を行なっていましたが、現在では自動車を様々な方法で顧客に提供すべく、レンタカーやカーシェアリングの事業も展開しています。
最近流行の格安レンタカーを始めたのもこの会社です。
株式会社アイ・ティ・エス (スマイルレンタカー)
http://rentacar.its-smile.co.jp/

鈴木先生のネットワークで、この企画がお役に立てそうな復興支援関係者の方々にお知らせいただければ幸いです。
送付させていただきます資料は急遽作成したもので、詳細についての説明が不十分な点があると思いますので、ご指摘ください。
ご連絡いただきましたら対応させていただきます。
お忙しい中、お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

◎NPO尾道空き家再生プロジェクトの豊田雅子さんから 4/29
いつもメールありがとうございます。
尾道は東北の震災が嘘のように以前と変わらない生活をしています。
我々団体でも色々と考えましたが、会員さん自体が様々な業界で活躍されている方が多いので、
義援金や支援品はそれぞれでしてもらい、空き家を再生する立場から、
来るべき時が来たら、尾道へ移住したい方の支援をしようという話になっています。

実際、尾道にもツテのある被災者の方(実家等をおありの方)が疎開や移住してこられています。
尾道市も市営住宅等の空室を提供しています。
我々も空き家バンクの窓口をしていますが、東北の方はまだですが、
東京の方は何人か移住相談に訪れています。

地方の方のお気持ちを察しますと、やはり生まれ育った土地を離れがたいというのは
よくわかりますので、なかなか東北の方が遠路はるばる尾道に移住するのは
何か繋がりがある人以外は実際難しいのかなと感じています。

もし、先生のお知り合いで、尾道でもよければ移住先を紹介してほしいという話がありましたら、
出来る限りの支援はしていく心づもりでいますので、お知らせくださいね。
関東には東北出身の方は多いと思うのですが、中国地方には数えるほどしかいないような状況ですので、
その方の関係者ぐらいにしか声が掛けれない状態なので、しれています。

◎オリエンタルコンサルタンツ株式会社の秋山綾さんから 4.28
ご無沙汰しております。
小江戸川越観光協会におりました秋山綾です。
現在はオリエンタルコンサルタンツ株式会社にて観光開発コンサルタントとして日本と海外を行ったり来たりしております。
今の担当はエルサルバドルで、震災の直後、帰国しました。

現地調査報告、ありがとうございました。
私も先週、石巻に行ってきました。
私が大学院時代からお世話になっている秋田のグリーンツーリズム西木研究会の方々が石巻にある小さな避難所の支援をおこなっており、母さんたちの食事提供をお手伝いしてきました。

エルサルバドルより帰国後、母さんたちの活動を知り、ゼミのOBやOGに募金を呼びかけ、暖かいお気持ちをいただきました。
その募金がどのように使われているかを募金してくれた方々に報告しようと思い、現地に行ってきた次第です。

現地に行ってみて、色々と考えさせられる事がありました。
避難所の大小による物資の届き方の違いや行政区分の違いによる融通の利かなさ等。
何よりも町の様子にはカメラを向ける事もできませんでした。
しかし、そんな中でも避難所で小さな自治がおこなわれ、掃除や食事を当番制でおこなったり、中学生や高校生が小学生やもっと小さな子供たちの面倒をみたり、お年寄りのお手伝いをしたりしている姿には希望と新しい時代を感じました。
秋田の母さんたちの様な人と人のネットワークの中からひとつの避難所を細々とではあるけれども長期にわたり支援して行く姿にはボランティアの真の姿を見た気がします。

最も感じたのは、先生のご報告にもありましたが、今後の支援の仕方を私たちも考えていかないといけないと言う事です。
物資は十分ありましたし、これから暖かくなる事を思うと毛布等は不要になりますし、モノだけでない支援が必要になってくる事を実感しました。

また、自衛隊だけでなく、秋田の母さんたちの様な小さなボランティアをしている方々を後方支援する事も東北に関わった経験のある私や都会の人々の使命の様な気がします。
新幹線が不通なことや寒い事もあり(風評被害も含め)、秋田への観光客(県外からの)も限りなく0に等しくなっています。
角館の武家屋敷には人が全く歩いていなかったですし、ファームインのお客さんもすべてキャンセルになったそうです。
そんな中、私が行っただけでも、母さんたちが喜んでくれました。
私は直接震災を経験していないので、軽い気持ちで東北方面に出かけられるというのもありますが、多少揺れてはいますが、東北地方にもゆっくり旅行が楽しめるところがある事を皆さんにPRして行かれたらと思っています。

先生のご報告を拝見して、私も元気になりました。
正直、色々と考えて悶々としていましたが、私も私でできる事を1つずつ、ゆっくりと長期にわたりおこなっていきたいと思います。
今後とも有意義なご報告など宜しくお願い致します。

◎井上@地域再生診療所さんから 4/27
お疲れ様です。私は本日、飯田に帰ります。
この目で被災地を見る。とは言っても、高萩から気仙沼の間ですが、心が折れそうになりました。
しかし外部の者が現場を見て、被災者と同じになっているわけにはいきません。
長い復旧と復興が待っています。唐桑半島まで行きましたが、ご迷惑と思い畠山さんのところはパスしました。
現地で打ちひしがれた人、でも瓦礫の中から逞しく立ち上がる人、懸命にボランティアをする若者たち。
日本が変革する瞬間をもしかしたらみてきたかもしれます。
その変革の中に自分も飛び込み、お手伝いをしたいと思っています。

◎檀將治さんから 4/28
情報提供ありがとうございます。
多田さんに連絡したところ、人では足りているとのこと。
行っても手伝うことはないようですが、
来る分にはかまわないとのことで、
とりあえず行くだけ行ってみようかと思います。
あと、気仙沼大島の友人宅、
南三陸町歌津の避難所にいる知人の漁師、
仙台在住の河北新報社勤務の友人を訪ねる予定です。
何ができるかはまったくわかりませんが、
とりあえず知人友人を伝に現場の光景を見ておきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。

◎ヒューマンルネッサンス研究所研究部の内藤真紀さんから 4/28
ご無沙汰しています、HRI内藤です。
被災地に行っておられたんですね。お疲れ様でした、そして情報ありがとうございました。
現地の様子を直接ごらんになり、いろいろと深く感じられることが多かったのではと拝察します。
当事者の方々の声を聞くこと、現地を見ることの重要性をあらためて感じました。
とくに猿舘さまが書いておられることから、共感と気づきを得ることができました。
私も何か応援したいと思っている者の一人で、HRI関係者で取組みを模索しているところです。
取り急ぎ、お礼のみにて失礼します。

◎角谷諭三郎さんから 4/28
いつも情報をありがとうございます。
私がサックスクラスの人たちとの疑似バンドの指導を受けている
高橋里実さんから以下のチャリティライブの案内をもらいましたので、
抜粋して転送します。

サックスプレイヤーの高橋里実です。
昨日は、キャンディーズのスーちゃん逝去のニュースを見て、号泣してしまいました。
「命の大切さ」を、自らも病魔と闘いながら力強く社会に訴え、最後まで見事
に生きぬいた彼女の人生を尊敬します。

自分には、何ができるのか・・・。
今は音楽しかありませんが、まずは一歩ずつ自分にできることを頑張りたいと
思います。

5/7にはチャリティーライブを行います。必要経費以外は全て義援金といたします。
音楽に携わる私達だからこそできることとして、出来ることなら楽器を被災し
た学校に送ることができたら、と検討しておりますが、現実的には収益金の額
にもよりますし、具体的な活用に関しては、まだ未定です。
ご報告がライブの後になってしまうかもしれませんが必ずご報告いたしますの
で、ご理解の上、ぜひともご来場いただけたら嬉しく思います。
<中略>
5/7(土)本郷三丁目 求道会館
 http://www.kyudo-kaikan.org/
 03-6804-5282
 OPEN/18:00 STAGE/18:30~(2セット) Charge/\3,000-(1ワイン付)
 ♪東日本大震災チャリティージャズライブ「甦れ釜石!甦れ仙台」

  高橋里実(as) 臼澤茂(tp) 市川秀男(p) 河上修(b) 守新治(ds)
詳細
http://homepage2.nifty.com/sendorphin/image/jazz5.7.jpg
http://homepage2.nifty.com/sendorphin/ (ブログ更新中)

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また、みなさんにお知らせしたい情報がありましたら、ご連絡ください。

2011年4月27日水曜日

東日本大震災 情報共有 2011.4.27

16日から27日まで、たまってしまいました。
申し訳ありません。
多田さんは、本当に素晴らしい人です。
日ごろから、人を大切にすること。
当たり前のことを自然に。
毎日こまめにできなかったので、今日は本当の量が多くなって、お許しください。

◎多田自然農場のブログから http://tadanaturalfarm.blogspot.com/
〇東日本大震災 最前線レポート 4/25
釜石の体育館、小・中学校の体育館は各町のコミュニティーを形成してきた方々、100~200人単位で生活を営んでいる。特に釜石は、今回の三陸の被災ラインでは一番高齢化率が高い。今回の大津波で店をたたむ人も多いのも、この高齢化が拍車をかけているらしい。私はこの活動をしながら、自立することの意味を常に考えている。

人は誰でも、その人の実人生だけ年を取っている。避難されている方々、あの体育館で一日ただ食をいただく、トイレに行く時だけ動いている。他は何をしているのだろうと思う。ただ悲しみをいだいていると、鬱になる。そこで何か手仕事をしたいといって、布と針と糸をみつけてやったら、おばあさんがティッシュの箱を入れる袋を作りはじめた。そうするとおばあさん、明るい笑顔と鬱が飛んでいったと、白須さんから報告がありました。
年とって外見も機能も落ちてくる。肉体と精神の機能低下をくいとめること。そのためには生活の第一線から引退しないことである。日常生活の営みを人任せにしないことである。仮設住宅に移るまで、一日2時間、体育館の周辺の草を取る、花を植えるという作業をやってはどうか。頭も運動機能もまだ十分なのに、一様に食事を自分で作らなくてもいいという状態が27日も続くと、どんどん老化へ走る。
自分の行動、知性、決定を放棄させてはいけない。どのような人も生活と闘わなければならないのである。

〇東日本大震災 最前線レポート 4/24
青森県弘前市から10人、釜石へ参上していただきました。「巨大アップルパイ ギネスに挑戦する会」新戸部さんが会長を努める、ユニークな方々です。
日本では最大のアップルパイで直径2メートル50センチ400個のリンゴを使います。その場で機械を設置し、3時間かけて焼き上げた熱々を皆さんに配食しました。その数ざっと2日間で1800個。釜石中学校、小川体育館の2カ所でみなさんワイワイいいながら盛りあがって行いました。がんばっている釜石市職員の方々にもふるまって副市長はじめ、みなさんから感謝のことばをいただきました。帰途、遠野風の丘で我が自慢のソフトクリーム食べてもらいました。今回、自費で4トントラックで資材、いっさい積み込み支援してくださるみなさんには、ただただ感謝のことばしかありません。また新しい出会いが、日本が前に進むヒューマンケミストリーを引き起こしています。日本が強いのは市民ひとりひとりの力強さです。

〇東日本大震災 最前線レポート 4/23
自立支援センターに続々といろいろな分野の方々が駆けつけてくれています。
23日土曜日、これからアフリカ・ミルクプロジェクトでお世話になる、日本リザルツの事務局長の白須紀子さんが、画廊の三河屋奥右衛門社長の石川さんと、ハイチから絵画を運んでくれました。地震で壊滅した経験をもつハイチと岩手県の釜石の縁結び。とても明るい絵画で、この絵とともに復活の日を迎える。遠野の教会に1枚、釜石の自立支援センター食堂に1枚、常にながめながら新しい風を起こしていきたい。現状から落ち着きをとり戻す時を待ち、釜石市へ寄附し、ハイチ絵画展をこの秋開催し、ハイチで張り切って活動している日本人シスターをお呼びして講演会をやりたいと思ってます。白須さんは今回で2度目の震災地入り。すごい行動力です。ぜひ政府の中木区に現状を報告し、日本のビジョン設定にご意見申しあげてもらいたいと思います。

〇東日本大震災 最前線レポート 4/22
「釜石被災者においしい麻婆豆腐を提供したい」
その思いを受けて、四川飯店 陳建一さん総勢9名が被災地のど真ん中で腕をふるっていただきました。
陳建一さん、陳建太郎さん、総料理長の菰田(コモダ)さん、(陳さんはホモダじゃないぞと言っていましたが)料理長の鈴木さんと中国料理界を代表する方々が釜石の被災地で麻婆豆腐、中華丼、コーンスープ、マンゴープリン、ラー油(ビン)、炭酸水を一人一人に声をかけて渡してくれました。釜石市民は本当に心から感謝してました。市担当者の廣田さんも「こういう被災現場に来てやってくれた人は陳さんがはじめてで、本当にありがたいです」と語ってくれました。

21日は200人分用意してましたが、予想以上の人が集まり、300人分22日千寿院に避難されている人たちを励ますために、100人分、計400人分ふるまっていただきました。赤坂四川飯店様、ありがとうございました。4トントラックで2台、ゴミまで全てもっていかれた姿勢に、ボランティアのあるべき姿を教えられました。食べた被災者「元気をもらえた」と言っていました。

〇東日本大震災 最前線レポート 4/21
鎌倉より吉川千香さん、渡辺さんご夫妻、建築設計学校の生徒 計8人、釜石・自立支援センターボランティアに参加しました。
吉川さんは鎌倉でシェ・チビオという家庭レストランを営んでいて、材料を見るなりメニューを考え、オリジナル料理を作ってもらいました。スタッフは本当にほっとしています。30食を馬力でもって作るパワーはすごかった。

渡辺さんは建築設計の先生で、大槌に足を踏み入れて、衝撃を受けていました。まだ大槌は遺体収容が進まず、ガレキ除きに行ってもこの問題でしばし作業中断。作業が進まないところは、この件で自衛隊、警察、医師等の出番ということになる。

私は復興、復活が進むとか遅いとか論議になる時、注意すべきは地域によって現場の状況が違うという認識です。リアス式海岸は湾ごとに塩分濃度と波力が違うから、できるワカメの肉の厚さ、うまさが違うように、今回の津波の力も一様ではなく、平均化して論議することはやめにしたほうが良い釜石の道路は小さな路地までガレキが除かれ、通行できるようになったし、町の銭湯も復活しました。
道路はしに積まれたガレキはバックホーでトラックに積みだされ、広くなってきました。

〇東日本大震災 最前線レポート4/20
釜石は日を追うごとに変わっています。仮設住宅は運動場、公園、すべての空き地に建設がはじまりました。急ピッチです。目標は5500戸。全ての被災者が入れる数です。市職員も休みなく働いています。相当疲れています。ガレキ除きも終盤を迎えています。自立支援センターのボランティアは火曜日を交替日として6泊7日で来ています。壊滅した大槌町へ出張しはじめました。京都から来た市議員の松本さんももくもくと働いて、体験者として語っていたことば「サポートというのは刻々変化していく現場にスピードをもってやらなければいけません」。その通りです。
「The Brigate of Bakers」にfacebookを通じて緒方香代子さ、川島みさこさんが参戦。この2人ル・コンドン・ブルーの卒業生。同じ釜のメシを食う仲間が夜通しパンづくり。
またそこにフランス人のエルヴェさんとりょうこさん、フランス人女性サラさんが加わり、それぞれの技を発揮してもらうよう、指示を出しました。
エルヴェさんはヒルトンホテルの調理場で働き、29日までボランティアスタッフの料理を担当してもらうことにしました。

〇東日本大震災 最前線レポート4/19
「facebook 」恐るべし
海外、それもフランス人が私の家に滞在してます。被災現場にあたたかいパンを届けたいという思いが行動を駆り立てています。それは全てfacebook。ルメ・パトリックさんが広島より最初に駆けつけました。ルメさんのパケットはおいしいと広島の友人、東さんが語っていました。しかし、パケットは老人では歯が立たない。柔らかいカレーパン、ベーコンがのったパン、菓子パン中心にお願いしました。次に来たのが台湾のカルフールのパン部門で働くギョームさん、ギョームさんはパトリックさんと遠野ではじめて「ボンジュール」。ギョームさんは台湾で物資を集め、被災地釜石へ送るという使命で大きな箱、5箱とともに私の農場、工房にきました。ところが、パン生地をこねる機械がない。もうこれは手ごねしかない。300個のパンの製造は夜の10時から明け方4時まで、3日3晩連続で行いました。
その名は「The Brigate of Bakers」Tシャツをつくり、日本、台湾、フランスの共同製造がはじまりました。私の長男の嫁、多田梢も3月菓子学校卒業でさらに製造部長の荘司こずえも加わり、眠らない工房となりました。

〇東日本大震災 最前線レポート4/18
ここ一週間近く書くこともできず、皆さんお許しください。
私、死んではいません。4月18日よりすさまじい日程をこなしていました。ひとつずつ書き留めていきたいと思います。

今被災地へ、いろんな方が応援に入ってきています。被災者もそれに勇気づけられる場面、逆にこちらが人として学ぶ場面、多くあいます。
北上ブルードネージュの主幹パティシェ織笠幹一さんが300個の生ケーキ、6種類作って被災現場に駆けつけてくれました。ボランティアの方々も、見た瞬間歓声をあげました。元気が出る食べ物、そのひとつが生ケーキです。
織笠さんはフランスのアルザスで修業し、いつ食べても幸せを感じる確かな技術を持った方です。一緒に釜石へ行き、被災者の方、ボランティアの方、1個1個ていねいに配りました。こういう手作りをして持っていくと、被災された方々は、大事にされていると思い、自立に向けて少し前向きになると思います。イチゴのタルト、ショートケーキ、オムレット、チョコレートケーキ、シュークリーム、ロールケーキ。

ボランティアスタッフは毎日朝8時半より午後4時までガレキ除きの仕事、物資の仕分けでチームごとに動いています。1週間に1度、ボランティアスタッフのスタミナ会をやっています。今回は焼肉の他に焼きそばを得意とするボランティアが自慢の腕をふるってくれました。

〇東日本大震災 最前線レポート4/17
「食の力を釜石へ」このプロジェクトは世界中から釜石へ応援していただき、復興へ足がかりをつけたいという考えで行います。いろんな申し出があり、感謝の中で実行します。

1)「The brigade of baker」パンの旅団が遠野の多田自然農場の工房で毎日パンを焼き、釜石の被災された方々に送り届けるものです。4月18日遠野入り。アトリエ・ココの草羽祐里さんの紹介で、フランス人シエフ、ルメ・パトリツクさんを知りました。台湾からギョームさんがこの一行に加わり、支援物資85kgと一緒に釜石へ届けられます。19日から25日まで滞在し、日本-フランス-台湾の食の架け橋です。
http://www.facebook.com/video/video.php?v=125287977549516#!/pages/The-brigade-of-Baker/202315206465833

4月17日コルドンブルー卒業生有志が広尾の有価川宮記念公園で出発のチャリティーパーティーを開催と連絡ありました。私のズーズー弁とフランス語と台湾語が農場にこだまします。草羽祐里さんと洋菓子教室の生徒さんみなさんに感謝いたします。
2)4月20日から鎌倉家庭レストランを営んでいるシェ・チビオの吉川さん、渡辺さん夫妻が応援に車をとばしてくることになっています。自立支援センターのスタッフの食事作りとガレキ搬出の仕事です。

3)4月21日、22日 赤坂四川飯店の陳建一さんの息子さん、陳建太郎さん一行10名麻婆豆腐他絶品中華を避難所に届けます。

〇東日本大震災 最前線レポート4/16
応援スイーツ
釜石はちらほらサクラが咲きはじめました。
4月16日 岩手を代表するパティシエ 織笠さんが避難されている人とボランティアスタッフ計350人分のスイーツを持って自立支援センターに駆けつけてくれました。手作りの生ケーキはふたをあけたとたん、ワァ~オという歓声のこだまが響きわたりました。織笠さん本当にありがとうございます。この夕方、食事はセンター恒例となった焼肉パーティーです。さらに伊瀬さんが鉄板焼きソバをふるまいました。ボランティアは釜石の他に大槌にも出かけています。今日、京都の京丹後からまた2回目の出動として来てくれた新潟、六日町からと全国から集まった28名がスタミナを養っていました。

避難所は自立に向けて動き出さなければいけません。その対策をミーティングしました。仮設住宅や空いていたアパートに入るとき、台所器材が必要となります。東京の野田ホーローの野田善子さんから、ホーロー鍋家庭用をトラックで一台配送申し込みがありました。うけようと思います。自立支援センターにローカルデザイン研究会の鈴木さんと講談社の見田さん、現地調査に入られました。

◎世嬉の一酒造株式会社の佐藤 航さんから 4.22
先日はお疲れ様でした。
先生や山口さんとお会いしてまた元気をもらいました。
いろいろやってみたいと思います。
先日、突然内藤先生がお見えになりました。
時間がない中、建物を見ていただきました。
抜本的にやる必要があるねといわれました。
頑張ります!

四万十ドラマの畦地さまからもご注文を頂きました。
先生のお力添えで、本当にいい人たちと知り合えるようになりました。
それを受けいれる器を身に付けなければと思います。
本当にありがとうございます。

〇世嬉の一の佐藤さんから 4.25
はがき商品券作成に必要なものがありましたら御連絡下さい。
今、一年間でお客様に喜んでいただくための商品を社員と相談しております。
2-3日にお出しいたします。よろしくお願いします。

現在、一関市にも多くの方が非難され生活しております。
世嬉の一では、たんぽぽの会(当社専務の企画立案ですが)というものを設立して、
その非難した方々の生活物資支援に切り替えました。
今回は、いらなくなった自転車を集め、一ノ関で新しく生活する人にお分けしたり、
当社の蔵を整理して使える食器や台所用品などを配ることを始めました。

世嬉の一自体は、29日に新幹線が開通するので、そのときに少しでもお客様がくればいいかなぁと思い、社員とともに準備をしております。
(仕事をつくるため、蔵の大掃除をしています。パート方々にも来ていただいておりました)

◎花巻市の小原ナオ子さんから 4.19
去る16日土曜日、土砂降りの中でお目にかかりました、東和町の小原ナオ子です。
その節は、お立ち寄り頂きまして、誠にありがとうございました。
また、気さくにお話いただきまして、心から感謝しております。非常に楽しく愉快なひと時でした。
その後、被災地を広く訪問されたとのことですが、いかがでしたでしょうか。
お話した今後の支援策については、連休明けに具体的に動き始めたいと考えております。

さて、土曜日にご紹介いただきましたNHK解説委員の後藤様よりご連絡をいただきまして、本日午後にお時間を頂きお話いたしました。こちらからご連絡を差し上げるところ、対応が遅れておりましたら、後藤様より仙台にお問い合わせを頂いたものです。恐縮しております。
結論から申し上げますと、非常に丁寧かつ真摯に対応いただきまして、誠に恐縮しております。同時に、心から感謝しております。今後、どのような形で活動を展開し後藤様のお力添えをいただけるか、常に念頭に置き、考えながら活動して参りたいと思います。非常に有難いご配慮をいただきまして、誠にありがとうございました。

また、ドイツから届けられたおもちゃにつきましては、土曜日(23日)に他の物資と共に広く提供できる場を設けることといたしました。被災地で開設し始めている託児所や保育園にも届けたいと考えておりますので、猿舘さんと話し合った結果、23日はおよそ半分を提供するにとどめる事といたしました。既に猿舘さんから連絡が入っているかも知れません。重複いたしましたらお許し下さい。

以上、お礼とお知らせをいたします。
今後とも、ご支援ご教示頂きますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。

◎ハーティネットとうわ 代表小原ナオ子さんから 4.19
この度は、「ハーティネットとうわ」の被災地支援活動に、多大なご支援ご協力を頂きまして、誠にありがとうございます。
「ハーティネットとうわ」では、花巻市内及び近隣地域へ避難している被災者や、被災者のご家族あるいはご友人をお持ちの方々を対象に、皆様から届けられた心のこもった品物を広く提供する機会を企画いたしました。特にも、乳幼児がいる被災者にいらしていただきたいと考えております。

つきましては、当日のご案内を「プレスリリース」として作成しましたので、添付のうえ送信し、皆様にお知らせいたします。皆様には、事前告知をお願いするものではなく、あくまでも現場の活動のお知らせとして送信いたしますので、予めご了承願います。
また、このプレスリリースは岩手県内の報道関係者にも広くご案内、事前告知と当日主催の依頼をするものです。

日々の活動報告もままならないため、皆様におかれましては、なかなか現場が見えない状況が続いているだろうこと、推察いたします。ご支援ご協力を頂いております者といたしましては、非常に心苦しく思っております。申し訳ございません。この度のプレスリリース資料で、活動の一端が伝わることを切に祈っております。

23日の準備は昨日から本格的に開始いたしました。前回の活動報告2でお知らせしたとおり、「家庭パック」を作成する作業と同時進行です。今日現在、「家庭パック」は20数個完成しております。今日までで30個ほど完成させ、他の品物は食器を含め全て、23日に提供しようと考えております。

また、東和温泉における物資提供は、4月27日午前で終了することといたしました。バスで被災者を送迎する活動を展開している多田農園さんも、ちょうど4月一杯でこの活動を終了するということでしたので、非常に良いタイミングで終えることが出来そうです。併せてお知らせいたします。

以上です。
今後も、変わらないご支援ご協力を賜りますよう、改めてお願い申し上げまして、お知らせといたします。

※小原さま
あなたの動きや判断が、私には印象に残っています。学ばねば。
いましていることも、あなたがこれまで気づいてきた、世界とつながる日本人のネットワーク、当たり前に一人の人間が築ける支援の素晴らしさを教えていただきました。
そして、一人の人間の行動力でも、多くの人の支援をできることを実感しました。

さらに、いまの物資の支援をやめることへの決意。
被災者の人のことを真に願う、自立へのワークショップはあなたの信頼から、実現できると思います。
キッチンプロジェクトも面白いですが、保健所の問題があると、その後菊池さんから聞きました。
内閣府の舘逸志さんから、今後、こうしたことの規制緩和を進めrので、申し出てくださいとのことです。
また、保健所の許可を得たキッチンカーという手はあるようです。
この車は、その後も長くいろいろ使えると言うことで、少しお金はかかりますが、可能性は高いと思います。
ドイツのおもちゃ、いいですね。
子どもはきっと喜びます。
ドイツで子どもたちが使っていたものを提供する、その精神が伝わってきます。
池田さんに感謝です。
池田さん、ありがとうございました。
マスコミの取材が、こうしたきめの細かい動きを注視しないことで、
そこは残念です。

NHKの後藤さん、ありがとうございます。
マスコミは大きなこと、話題になることを先に意識して、シナリオを作って意図的につくっていくから、事実を伝えないと、あなたは言いましたが、その後も現場を見てみて、そのように感じました。
あらかじめ作っていき、現場の取材をします。
職業人の狭さを感じます。
小原さんの指摘は鋭く、現場を良くしていくのは住民からするしかないですね。
地元のメディアは東京を意識しすぎて、地元の人のメディアであることを考えてはいません。
とにかく、被災地がすぐ過ぎ、広域過ぎ、自分が見ている地域があまりにも少なく、現場に声もまだほとんど聞いていませんし、避難所やあなたたちの支援の現場も見ることができませんでした。
自分のできることは、小さくてもいいから、あなた方のように、しっかりやっていくことです。
とにかく、あなたとのコミュニケーションを今後もしていきたいと思います。
学ばせてください。
この場を借りて、猿舘さん、2日間、ありがとうございました。
宿がなくなり、機転をきかしていただき、泊めていただきありがとうございました。
長い時間、お忙しい中を、わがままな私たちの要望を忍耐強く聞いていただき、
お詫びと心から感謝しております。

はがき商品券、しっかり進めていきます。
こっぽら土澤のことも支援していきます。
また、連絡しますね。
心から、ありがとうございます。
             
◎池田憲昭さんから多田さま、庄司さまあて 2011.4.18
ビデオありがとうございます。
ミサの主催者チームに観てもらいました。
少し長いので、1時間のミサの中に入れ込むのは難しい、という見解です。
カトリックとプロテスタントの代表、フランスの代表、ウクライナの代表、ドイツに長く住む日本人の修道女の方のメッセージ、3国の演奏、と盛りだくさんの1時間で、遠野のエンデレレ神父のメッセージを流すのは、時間的に厳しい、と返答がありました。
せっかく、送っていただいのに、大変申し訳ありません。

ただし、メッセージは無駄にはしません。関係者からは、「エンデレレ神父のメッセージは、別の場所で、別の機会に、ぜひ使いたい」と言われました。
フライブルク周辺の自治体のカソリック、プロテスタントの教会で、日本の震災や原発被害をテーマに、イベントやミサを行ないたい、という希望がたくさんあります。
私が、神父のメッセージをもってそれらイベントに出て、多田さんらの活動も紹介し、寄付金を集めたいと思います。それが実現すれば、半分は、カリタスインターナショナル(カソリック教会の場合)またはディアコニー(プロテスタント教会の場合)、半分は多田さんらの活動に寄 付できるようにしたいと思っています。

フライブルクの大聖堂でイースターの月曜日に集まる寄付金は、カソリックとプロテスタントの共同のイベントなので、カリタスインターナショナルと ディアコニーに半分ずつ寄付することに決まりました。

◎荘司さんから池田さま 4.18
いろいろありがとうございます。
ビデオの件、了解いたしました。どうぞよろしくお願いいたします。
インターネット上で観れないこともあると思い、fileにしましたので、別途別のアドレスからお送りします。
また義援金の件ですが、国際カリタスの振込先を聞きましたので、お送りします。
https://secure.caritas.org/donation.aspx?DonationTo=E&Emergency=34
カリタスジャパンから「遠野教会そして関係者の皆様、ならびにドイツの皆様へ心からお礼申し上げます」とのことでした。

◎猿舘さんからドイツの池田さまドイツよりおもちゃが届きました。4.18
ありがとうございます。
かわいい夢のあるおもちゃがたくさん!!
きっと子どもたちも喜んでくれることでしょう。
到着翌日に、鈴木先生、山口八重さんが小原ナオ子さん宅(支援物資ステーション)を訪問。
鈴木先生、山口八重さん、小原ナオ子さんとともに、おもちゃの箱を開けました。
グットタイミングでした。
おもちゃの提供先については、2,3候補が上がっています。
おもちゃの提供先がきまりましたら、またお知らせいたします。
まずは、お礼まで。
ありがとうございました。

◎三宅島の土屋広之さんから
お忙しい中いつもメールをありがとうございます

 相変わらず、反応が遅い土屋です
本当は避難中に皆さんにお世話になった分、いち早く動かなければならないのに、申し訳なくおもっています。
自分が経験した三宅島の災害は、1983年に一集落が溶岩で埋まり、2000年の全島避難とですが、幸いにも一人の死者も出ず、大きな東京都の中で、たかだか4千人に満たない島民を支えて貰ったので、とても恵まれた被災者でした。
この大規模な被害をみると、自分にいったい何が出来るのか何も思い浮かばずにいます。かと言って、現場にもいけません。
なさけない事にこの安全な場所から、まるで対岸の火事のようにながめながら祈るのがせいぜいです。
そんな中、現場を肌で感じてくるとのこと、とても大変でしょうが、気をつけて行ってらしてください。

それから、ハガキ商品券ですが、ポスターなどを掲示して販売など可能ですか?
そんな方法でよろしければ扱わせてもらえればと思います。
なにぶん小さな処ですのでたいした役には立ちませんが。
とにかく、何も出来ずにすみません。
まとまりの無い文ですが、最後に、やはり体が大事です。お元気でいてください。

◎岡崎恭子さんから 2011.4.15
鈴木さんのあついメールに背中をおされてしまいました。
私が行った被災地の想いも伝えたいと思います。
4/9~11、福島の南相馬市から南三陸町まで、波にさらわれた延々200キロの海岸線。
改めて、私の生業である建築や土木の限界です。
ライターの山根さんに同行したので、各地で現地の方とお会いしました。

☆原発30キロ圏内の「南相馬市」で病院の院長にお話を聞きました。
自主避難が1ヶ月を過ぎ、お金の尽きた住民が続々戻ってきています。
4/4から診察を再開でき、1日100人以上の来院者を一人の医師がみているそうです。
この圏内は『患者を入院させることが禁じられている』病院の雇用が取り戻せない。
実は、岐阜の医師グループが支援を申し出て「今何が必要か」をうかがうための面会だったのですが
「インフラもある、医者がいないわけではない。
何重にも縛られた規制が外れれば、病院の機能はすぐにも復活できます。
今は自衛隊に薬を運んでもらっています、制約がなくなれば医師もスタッフもみんな帰ってきます」

街の中は1/3くらいの商店が開いていました。寿司屋も美容院もラーメン屋も。
線量計を持っていったのですが、南相馬市は全く問題のない数値でした。
でも人の活気を感じない「静か」さがありました。
単に同心円を描いた原発圏内はさまざまな規制で、ボランティアも薬を運ぶ宅急便も来れません。
復興への希望がもてないのです。

☆「石巻市北上町十三浜大指」という避難所に宿泊しました。
とても判りにくい場所です。この小さな避難所には震災直後は全く何も届かなかった、
収容作業も後回しにされているような漁村です。
三十数件の集落のうち、海岸に面した13件は波にのまれてしまいました。
瓦礫も海も手付かずで、舟も転覆したまま。
ゆたかな生計を生む漁業が壊滅的。
「3日間大型クレーンが来てくれて海を掃除してくれれば、漁業が再開できる」のに、
小さなムラの順番はなかなかやってきません。
でも、この大指地域はこころ豊かなコミュニティに守られています。
大半の長男が漁業をついでいるとか。赤ん坊はみんなの「孫」、高齢者はみんなの家族。
若い彼らが団結して、大指の150名を一手に、十三浜の他の地域も手助けしているようす。
自分達で何でもつくっちゃう、海藻をつけるプールを改良した仮設風呂、150人分の食事、
足りないものは自分達のツテで発電機もテントも入手して。

山根さんと仲間が直接支援しています。いまは食料はたくさん届いていました、
事前に聞いても「何が欲しいかが判らない」。
とはいえ、リクエストは「女性の下着と白髪染め(!?) ビールとたばこ、絵本」など。
下着はおばあちゃん達が喜んで選んでいる、若い女性は残りを分け合う…素敵でした。

夜はみなさんと遅くまで酒をかわしてさまざまな話題。
「どうしても」と進めてくださったので仮設風呂にも入りました。
拾ってきたバスタブでつくったばかりの自慢の風呂です。
もちろん寝袋も食料も持っていってたのですが、友人をもてなすような心地よさ、
気がついたら朝食にみそ汁と漬け物まで、つくって下さっていました。

彼らの悩み、は、『家族で一緒に住める仮設住宅』。
仮設住宅を10件でよいから…と用地を確保して待っています。
ん~~これは我々に支援できる範囲ではないな…申し訳ない気持でいっぱいです。

もうひとつは、子ども達の学校問題です。
「十三浜の7つの小学校を1ヶ所にまとめて一緒に教育する」という決定に親は大憤慨しています。
避難所を訪ねる前は、なぜなのか不思議でした。
でも、訪ねたらとても理解できました。
その1ヶ所の学校に通うためには、甚大な被害を受けたまま瓦礫が山積みにされた
いくつものムラを往復しなくてはならないのだそうです。

やはり現地に行かないと、こころは判らないんですね。
たまに避難所に、先生が教えにきてくれているそうです。
避難所の横に、仮設住宅用のとても広い敷地が確保されていました。
できればここに小さな分校をつくりたいそうです。

学校作りなら、ほんの少し役に立てるかも、けれど、どこまでできるか、
ちょっと立ち上がってみようかと思っています。

私が外のテントで夜遅くまで話していた頃、お酒を飲まない知人が避難所で女性の方々と長い時間を過ごしていました。
翌日「昨晩は普段と違う会話ができて、本当に久々に熟睡できたの」と、
おっしゃっていました。我々が行くことを喜んでくだるなんて…。

☆南三陸町は海の孤島のような「志津川病院」の映像が目に焼き付いています
この地は…ただただ立ちすくむだけでした…、
安全なはずの「指定避難建築」の無惨な姿…。
TVでもたくさん報道されているので省きますね。

ただただ…「静か」な現地でした。人の息吹が感じられない…。
収容作業もしてるし、重機も動いているのに、津波が有無を言わさずすべてをさらってしまい、殺してしまったからでしょうか。
お気をつけて行っていらして下さい。

◎戸矢さんから
緊急提言シンポジウム「森と海をつなぐ日本の再出発」のご案内です。
東日本大震災後、日本の再出発とも言える今後の復興にあたり、「森と海をのつながり」をベースとしたこれからの新しい日本の姿を考え、提言するシンポジウムです。
日時 : 5月12日(木) 19:00~21:00
場所 : スパイラルカフェ(スパイラル1階) 詳細はこちら

パネリスト   
 畠山重篤 (NPO法人森は海の恋人代表)
 C.Wニコル (作家、環境保全活動家、探検家)
 稲本正 (NPO法人どんぐりの会、オークヴィレッジ代表)
 高見裕一 (元衆議院議員)
 大熊孝 (新潟大学名誉教授、河川工学専門)
司会 
 宮林茂幸 (東京農業大学教授、美しい森林づくり全国推進会議事務局長)
 http://d.hatena.ne.jp/mizuyama-oyster-farm/touch/20110426/13037948

◎小西玲子さんから
H&C財団の調査でお世話になっている小西です。
鈴木先生から、精力的に活動していらっしゃるご様子のメールをいただいていて、お返事をしなくてはと思いつつ、
こちらはこちらでばたばたしていて落ち着かず、お返事その他遅くなってしまいました。
ほんとうに大変な災害になってしまいました。
私も微力ですが、役に立ちたいと思っています。

私たちのNPOでもようやく何をしていこうか決まりました。できることをできるだけという感じです。
遅ればせながら、今日ローカルデザイン研究会の支援金に振り込んできました。
(夫の名義ですが)
4月22日研究会にお誘いいただきましたが、先約があり伺えません。
今後とも膨大な情報をお願いいたします。
それでは取り急ぎ。

◎檀さんから 4.18
ありがとうございます。
4/29~5/4までは現地にいることができる予定です
(その間、気仙沼大島の友人宅を訪ねます。
また、連絡があれば、歌津町も訪ねるかもしれません)。
よろしくお願いします。

◎原研哉さんから 4.22
いま、日本中の「考える人」は考え
「動く人」は動いています。
ただし、ここは本当によく考え、しっかりよく見て、
被災者にとっても、日本の人々にとっても、
世界の人々にとっても、
プラスになるようなアクションは何なのかを
見定めていかなくてはいけないと思います。
僕も必死で考え、やるべきことが見えたら、躊躇なく動きます。
そのときにはまた、よろしくおねがいします。
温泉以外でも、ご一緒できてとても有意義でした。
感謝いたします。

◎猿舘祐子さんから 4.22
4月16,17日の岩手県被災地視察にお越しの皆さま、お疲れ様でした。
そして、現地の菊地新一さん、多田克彦さん、佐藤航さん、
今回の視察に対してご協力いただきまして、まことにありがとうございました。

現地をまわり、被害が点ではなく帯状なのだと、改めて実感いたしました。
また、その被災地の中でも、自分の立ち位置をしっかり持ちながら、
支援をし続ける3人の姿に接することができ、貴重な時間を持つことが出来ました。

原さんの近未来、菊地新一さんの縄文、今後の復興を考えた時、
どちらの考え方も不可欠なものと考えます。
しかしながら、当事者である「そこ」に生きていく住民のみなさんが
どうしたいのかが定まらない限り、「そこ」での生活は見えてきません。

津波にあっても、「そこ」で生きていきたい理由を考えました。
土地への執着、生活の基盤、祖先を守る、墓を守る。などなど。
よくよく考えた末、気がついたことは、
「そこ」に住んでいる人たちの日常生活の愛着でした。
自分が朝起きてから、寝るまでの当たり前過ぎる日常。
「そこ」に、彼らはもどりたい。
贅沢も何も言わない、津波にあう前の日常に戻りたいだけ。
それだけなんだと、思います。
でも・・、戻れない。もう・・、前に進むしかない。
どこで、生き方の切り替えができるのかが焦点になっていくものと思います。

一人一人ができることは、決まっていますが、
集団になったときに、ネットワークとして動き始めた時、
個人以上の力を発揮するのでしょう。
ローカルデザイン研究会のネットワークも、
今後大きなうねりとなって動き始めるような気がしています。

梅原さんのデザインは、いつもながらやる側をやる気にさせてくれます。
後押ししてくれます。元気でやるぞ!って思えるデザインです。

今回も、笑顔を忘れていた私たちにとって、大変だけど笑ってやろうよ。
と、肩の力を抜いて取り組むことが出来そうです。
全国どこでも、笑顔の親戚になれたら、そんないいことないですよね。
全国の笑顔の親戚のみなさん、今後ともよろしくお願いします。

◎日本デザインセンターの鍋田さんから 4.19
この度はご多忙の中、私たちの視察にあたり、現地の方々をご紹介いただきありがとうございました。
鈴木さまの人脈の広さと濃さには驚くばかりでした。

おかげさまで、今回の震災の被害が如何に甚大であったのか、また、猿舘さま、多田さま、菊池さま、佐藤さまをはじめ、現地のみなさまが地元の復興に向けて、前向きな努力をされているのかを垣間見ることができました。

原は行政機関などから意見を求められたり、自らこのような状況に力を発揮できないか、日々考えている所ですが、今回の視察で、あたためてきた計画に可能性を感じたようです。
一方、より慎重に進めて行く事が必要だとも申しております。

これからは、視察で得た極めて貴重な体験を元に、被災地のみなさまの未来が少しでも明るい方向に向かうよう、お力添えができればと思っています。

佐藤さまのはがき商品券のプロジェクトも、ローカルデザイン研究会からはじまり、さらに多くのユーザーに広がっていくとよいですね。
それでは、重ねて感謝申し上げると共に、
またの機会にご一緒できることを楽しみにしております。

◎日本デザインセンターの内田 奈緒さんから 4.19
週末は被災地の現場を見るにあたって、全てご調整頂き、本当に有り難うございました。
皆様が大変な環境の中、体調不良で途中退去するなど、本当にご迷惑をおかけしましたが
無事回復してきました。
大槌と釜石のあの光景、あの空気が全身に焼き付いていて今でも胸が痛みますが、
実際に現場を訪れ、猿舘さま、菊池さま始め地域の方々のお話も伺えて本当に貴重な時間でした。

鈴木さまの仰る通り、今回は極々限られた部分しか見る事が出来ませんでしたし、
私は実際に被災した方々のお話を聞く事ができませんでした。
ただ今回肌で感じたもの、地域の人達の言葉から垣間みれた複雑に入り交じる感情は、
今後自分なりに復興のあり方を考え、整理していく上での原点となりそうです。

あれだけの瓦礫の山となってしまった被災地は、地形も、人々の気質も、コミュニティのあり方も、
個々に異なると思いますが、色々な変化を伴いつつ今後新しく魅力を持つ未来都市として
再生されていくのだろうと思います。私もまた現地を訪れ、そのためにどう動けるのか考えていきたいです。

日曜日、皆様と別れたあとに、萬鉄五郎美術館に行き(開館していました)、
佐々長醸造でみそと生醤油、つゆを買って散歩しました。
街かど美術館の時期にまた訪れて、この街のエネルギーにもっと触れたいです。
また日本のこと、色々と教えてください。

改めまして、この度は本当に有り難うございました。
またお目にかかれるのを楽しみにしておりますので、引き続き宜しくお願い致します。

◎アーバンデザイナーズアソシエイティッド(UDA)の加茂 洋さんから 4.23
また、いつも情報提供ありがとうございます。
地域・人が結びついていく様子が先生のメールから伝わってきました。
頂いている情報から、メディアでは分からない被災地の方々や支援をする各地域の
人々の顔が見え、さまざまな提案や支援策も知る事ができ、
また今まで知らなかった地域や東北の商品を知る事もできました。

まずは本業をしっかりとこなす事を第一に、復興を支援するのが良いと思っていますが、
自分にも出来る事はないかと頂いたメールを整理していました所、
頂いた情報を元にしたHPを作る事ができないだろうかと思い、お話させていただきました。
地域ごとに分類する事で、地域が見え、地域を知る事ができると良いなと思っております。
震災以外の地域の情報も少し載せる事ができると良いのではないかと思っています。

先生たちの活動に支障が出てしまったり、負担になる場合もあるかもしれません。
また、プライバシーや著作権の問題もある思いますので、
まずは、たたき台のHPをご参照いただけたらと思います。
http://www.geocities.jp/civic_assets/index.html

・現時点ではアドレスを知らないとたどり着けないようになっています。
・ブログの文章・写真やメールの掲載の許可も頂く必要があると思っております。
 個人のアドレス、携帯番号なども抜いております。

懸念点として、更新頻度、掲載量、継続性があると考えています。
仕事柄なかなか時間が取れないため、すぐに更新出来ない事と、
全部を掲載できない事から、主要部分を抜粋する必要があると考えています。
その為、全情報と最新情報は、LD通信ブログを参照するような構成としております。
また、いつまでできるかという継続性の問題があり、どこかのタイミングで
もっとふさわしい管理者やシステムのもとに移すか、区切りをつけた方が良い場合もあるかと思っております。

以上のような懸念点はありますが、まずはやって見ようと思っております。
問題がないかなど、ご確認頂けたらと思います。
それではまた、よろしくお願いします。

※加茂さん、ありがとうございます。
わたしもできればと思っていました。
はがき商品券を独立させてください。

〇加茂さんから返事
ありがとうございます。
はがき商品券は、取り急ぎメニューを独立させ、資料の絵を一部に使ってみました。
資料を見させて頂き、とても楽しいハガキになっていて、私も元気を頂きました。
はがき商品券の公式サイトとの兼ね合いもあり、こちらは報告的なものになるのかなと考えています。

◎江戸川大学の惠 小百合先生から 4.25
4月23日から24日に現地を見てまいりました。
23日に、茨城県の大洗町を視察しまして、大洗町の農家の方々から野菜と
 野菜の種、土を預かり、仙台に入り、これらをお渡しし、東北水環境ネットワーク、
東北学院大学、宮城大学の方々との情報交換しました。

24日に、朝6時から東北学院大学の平吹先生の案内で、
仙台市の名取川河口付近、下水処理場、瓦礫や車の分別集積所等の視察をしました。
そこから、遠野経由で、釜石まで行きまして、釜石港、大船渡、陸前高田で、
野菜の種や植えるためのビニールポットと土を
支援物資として、お預けしてきました。
野菜は、水と太陽さえあれば、育てて、その場で、摘み取れば食べられる
ベビーリーフやるっこらの種で、新鮮なものを食べていただければと、
持っていくことができました。
また、いつかおめにかかれましたら、お話しをおうかがいできると幸いです。

◎角谷諭三郎さんから 4.22
色々とお疲れ様です。また、ありがとうございます。
以下は私が1982年から会員を続けているNPO法人幼い難民を
考える会の被災地での活動予定です。

この会は元々、1980年にタイの難民キャンプに逃れたカンボジア
難民たちの保育支援のために東京の保母さん達が立ち上がって
結成されたものです。現在もカンボジアで保育支援事業、女性の
自立のための織物事業などを行っています。

阪神大震災の際には、私が「被災児童の心のケアが必要」と同会に
働きかけた結果、長田区で一ヶ月か二ヶ月の短期間でしたが、あおぞら
保育を実施しました。

メーリングリストやLD研究会のブログには、
<幼い難民を考える会(CYR)では、被災した子どもたちの
ための「あおぞら保育」を始める準備を進めています。
東京では、保育や子ども心理に詳しい専門家による支援
チームが立ち上がって、震災後の子どもたちの心のケア
のために必要な遊具や教材の種類について話し合いを行
いました。

遊具・教材は購入するほか、優しいぬくもりが伝わるよう
に手づくりのものも取り入れます。第一弾として、30セットを
「あおぞら保育」の場所や避難所・仮設住宅などに寄贈して
いきます。活動場所は決まり次第、随時お知らせします。

きれいな状態の絵本やキャノンプリンターPIXUS iP4200対応インク
その他を募集しています。
詳しくは、http://www.cyr.or.jp/cyrblogs/index_000241.html>
という形で紹介して頂いて結構です。

◎熊本県の田中正子さんから
東北の現場の様子はとても気になっていました。
報道が全てではないことは、
広報の仕事をしているときに身にしみていましたので
本当の東北の情報が知れてとても助かりました。

私個人は、被災者支援をしているNPOへの寄附という形で
細々と後方支援をしています。
自分が中心となってアクションを起こす状況にない、
そのパワーもないのが歯がゆいです。

実は私の友人のジョアンが現在北京のカナダ人学校で働いています。
東京に居たときのルームメイトで
鈴木さんも数回会ったことがあると思います。
彼女が学校の生徒と保護者に呼びかけて
被災者に向けた支援(単なる義捐金集めではなく)をしたいと言っています。
現地の団体のニーズに合った支援、
支援を通じて交流や学びができるようなこと(これは私の希望ですが)
が提案できればいいと思います。

鈴木さんのご存じの範囲でこの件について相談できる方、
あるいは活動されている方につなげていただけないでしょうか?
今回の被災者支援は長期にわたるものと思いますので
支援の機会はまだまだあると思っています。
マッチングを急いでいるわけではありませんが
近いうちにサジェスチョンをいただければ幸いです。
少し余裕ができた頃にでもご一考願います。

ちなみに、熊本県からも数名ずつ宮城県へ職員が派遣されています。
派遣職員にとっても多くを学び、
そして地域運営、地域と行政の関係、一住民として何をすべきかを
考えなおす機会となっていると思います。
生きる、生き延びる力が試される時ですね。

◎那須未来株式会社の早川真理さんから
一方的にいろいろお願いしたにも関わらず、こちらこそ
お礼とご報告が遅くなって申し訳ありません。

私は特に報告書は書いておりませんが、森まゆみさんが
ブログで被災地の報告をしております。
先生方といっしょに組めたら、さらに有意義なものに
なったかも、と少し残念です。

森まゆみブログ くまのかたこと
http://www.yanesen.net/mayumi/
実際に入った日は16~18日です。

先生の報告書も彼女に送ってみますね。

私も戻ってから数日は、強行軍や運転もあってか言いようもない
疲労感に見舞われました。
でもそれ以上につよくやさしくなれたような気もしています。
自己満足なだけかもしれない。
それでも東北人の血が、私が東北人であることを確認させて
くれました。そしてあの美しかった海や山々が私の心から離れて
くれません。

愛する東北のために何ができるのか。
少し離れた場所で見守りつつ、できる限りの個人的な援助を
続けていきたいと思っています。
情報共有、これからもよろしくお願いします!

◎司法修習で沖縄に来ている近藤 徹です。 4.20
それにしても、この大地震、本当に驚き、ただ茫然としているだけです。
いつもメールを送っていただき、鈴木さんがこの危機に対してもますます
頑張っておられるのを感じております。

確か今は被災地に行かれているのでしょうか。
どうかお体にはお気をつけください。

さて、こちらのことはまたゆっくりご報告するとして、とりあえずご相談
したいことがありましてメールしました。

私の友人で山梨県立科学館の職員がいます。その人から、今回の地震での
被災者や避難者の方々を応援する意味を込めて「HAYABUSA back to the earth」
の無償上映をやりませんか?という提案を受けました。
HAYABUSAとはご存知の地球に帰還した宇宙探査機のことで、この映画は
その帰還までの物語です。けっこう話題になった映画です。
この映画を製作した上坂監督が、被災地や避難者に対して、この映画から
勇気や希望を得てもらえればということで、無償上映に踏み切ったそうで、
そのことを、先日、山梨県立科学館のはやぶさイベントで発表したそうです。

そこで、情報発信する手立てがあって、自治体などの協力も得るなどして、実現
できればいいなと思っているのですが。
http://www.live-net.co.jp/live/news/ouen/01.htm
上坂監督のブログはこちら
http://blog.livedoor.jp/hiromitsukohsaka/
山梨でのトークの様子もあります。
山梨でも、笛吹市で被災者の方を招待して、上映することになったそうです。

沖縄にも避難者の受け入れを推進しており、1000人弱がすでに移ってきている
と聞きましたので、私もなにかできないかと考えております。

でもせっかくなら、被災地に近く、よりつらい思いをされている方を勇気づけられ
ればと思ったのですが、いかんせん私では力不足です。
そこで、輝隆さんのお力を借りれば、もしかしたら実現可能かもと思った次第です。

どこか頭の片隅にでも置いていていただければ幸いです。
もしか何か不明な点がありましたら、山梨県立科学館の高橋真理子氏をご紹介いたし
ますのでご連絡ください。
長くなってすみませんでした。
どうか、現地での滞在お気をつけください。
失礼いたします。

◎前田波留代さんから 4.22
京都大学原子炉実験所 小出裕章氏に聞く
http://www.ustream.tv/recorded/13897618
usureamの動画です。
最初から1時間は福島の現状のたいへん恐ろしい分析が続きますが、
1時間1分目ぐらいから「原発がなくても日本の電力は足りている」
という目からウロコが落ちるような元気の出る話が始まります。
原発は今すぐ全部止めても何の支障もないということがよく理解できて、嬉しく
なることを請け合います。
ぜひ家族やお友達などできるだけ多くの人に知らせてください。

もうひとつ
武田邦彦(中部大学)のブログ
http://takedanet.com/2011/04/55_8617.html
武田氏はたまにテレビにも出てなんだか信頼できない雰囲気の先生ですが、実際に私達が今すべき事を発信してくれています。現状に対しては根拠なく楽観的すぎるようにも思えますが、実用情報が盛りだくさんですのでこちらも必見。
あまり心配するのも身体によくないけど、厳しい見方を知りたい方は、はじめの
動画で小出氏の話を最初からお聴きくださいませ。

ローカルデザイン通信 http://ldken.blogspot.com/
東日本大震災 現地調査の写真は、https://picasaweb.google.com/home

※最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。

ぱるす通信 2011年(平成23年)5月9日(月曜日)

ぱるす通信 2011年(平成23年)5月9日(月曜日)
毎月第2・4月曜日発行 第0019号

大学研究室発、産官学連携の東日本復興支援
「東北に親戚をもとう」東北応援
笑顔と笑顔 『はがき商品券』プロジェクト

 東日本大震災が発生した3月11日(金)から2日たった13日(日)、鈴木輝隆さんから「東日本大震災とローカルデザイン研究会」と題したメールが届いた。被災地に向けて何か支援できることはないかと、活動を始めた第一報だった。
 鈴木輝隆さんは、江戸川大学社会学部ライフデザイン学科の教授である。東京で地方のことを考える「ローカルデザイン研究会」を2003年に立ち上げ、毎月、日本各地から地域のリーダーとして活動する人々を招き、勉強会を開催している。大学や会社、行政などの狭い社会を抜け出て、社会人と学生がさまざまな考え方や価値観を話し合うことができる社交の場の必要性を感じてスタート。運営は鈴木ゼミの学生たちが担う。交流を通じて、広い視野でものごとを考えられる人材の育成を目指している。
 被災地支援の対象は、研究会に講師として招かれた岩手県・宮城県在住の地域リーダーたち。ローカルデザイン研究会のネットワークを利用して、鈴木さんから毎日のように報告がメールで送られている。
 4月16日(土)から18日(月)にかけて現地視察を行ってきた鈴木さんに、現地の状況と支援の方向性について伺った。

研究会で支援金を募集して、個人のネットワークに送金
 「鈴木輝隆とローカルデザイン研究会の仲間達」が支援を行っているのは、研究会に講師として招いた岩手県遠野市の多田克彦さん、宮城県気仙沼市の畠山重篤さんなど、かねてから地域リーダーとして活動をされている方々です。
 東京などの非被災地には、支援したい気持ちを持った方々がいます。災害発生当初は、各被災地の地域リーダーに独自の判断で被災者支援を行ってもらうことが最良だということが、メールなどの情報交換によってわかりました。3月16日から研究会として独自に支援金の募集をはじめ、4月11日までに、105名の方から、約186万円の義援金をいただきました。義援金状況については、日々のメール報告で有志の氏名を発表、支出先についても、その都度、報告しています。
 地域リーダーの1人、岩手県遠野市で農場を経営している多田克彦さんは、被災地でも津波の被害を免れ、比較的早い段階から生産を再開。東京に出荷できない中、捨てるのはもったいないと、釜石市など津波の被害を受けた近隣の避難所に、ボランティアで新鮮な野菜や牛乳やプリン、納豆などを届ける活動をスタートしていました。
 また、花巻市の猿舘祐子さんは、子育てネットワークを通して、独自に支援物資を集め、大槌町で避難所となっているつつみ保育園を中心に支援活動を行っています。ミルクが手に入らないという母親がいれば、ミルクだけでなく、洗剤や紙おむつなどを手渡すなど、きめ細かな対応をしています。
 研究会のネットワークを通して、ドイツからも義援金などの支援が届いています。やはり、研究会に講師で参加していただいた縁から、赤十字のような大きな団体に募金をするのではなく、顔の見える支援がしたいと申し出があり、ドイツのおもちゃが猿舘さん宛てに送られ、子どもたちに手渡されました。

視察先には十分な物資が届き、経済活動支援が必要な段階に
 今回の視察で、北から岩手県大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市、宮城県気仙沼市を回ってきました。今回の視察で、北から岩手県大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市、宮城県気仙沼市を回ってきました。
 研究会で独自の支援活動を行っていると紹介されると、現地の方々にどれほど感謝されたか、こちらが感動するほどでした。
 支援物資については、当初、避難所に1000人の避難者がいれば、物資も1000個が揃わないと配れないなど、行政を通じた支援には限界もあったようです。行政に携わる方々も被災者であり、手が足りない中で、今なお大変な苦労をしています。物資の仕分けもままならないまま、現在は、山積みになった物資の中から住民が必要なものを探し出して持っていくという状態の物資倉庫もありました。
 一方で、行政から配られる物資には必要量を超えてもらってもいいという心理が働き、個人を通して配られる物資には、譲り合いが見られるという現実もあったそうです。
 多田さんや猿舘さんも物資を避難所へ届ける活動をしていましたが、時間を追って支援のかたちも心のケアなどに変わってきています。

東北の商品を『はがき商品券』で購入して支援する
 ここで問題も出ています。支援物資があふれることで、地元で生産される商品が購入されないのです。今後の支援策としては物資を配るのではなく、被災地が健全な経済活動に復帰し、雇用が生まれ、復興の基盤が整えられるよう、長期的な支援が必要になります。
 そこで、研究会が進めているのが、東北応援 笑顔と笑顔『はがき商品券』プロジェクトです。『はがき商品券』を通して、東北の商品を継続的に購入、東北に親戚をもつような気持ちで応援しようというもの。研究会には、公認会計士やデザイナー、イラストレーターなど多彩な人材が参加しているので、それぞれが知恵を出し合い、企画を進めています。
 義援金を出し続けることには無理があっても、地域の産品を購入することであれば、長く支援を続けることができると考えています。
 概略は、『はがき商品券』を1枚5000円に設定。地域リーダーに送料込み5000円分の地域産品セット(地酒と野菜、乳製品と野菜など)を組んでもらい、被災地支援をしたいと思っている人々に『はがき商品券』購入してもらいます。いくつかのセットの中から好きな商品セットを選んではがきを送ると、地域産品が届くというものです。
 『はがき商品券』のメリットは生産者を支援しながら、産直品をリーズナブルに購入、ギフトにもできることです。デパートなど一般的な流通を通して商品を購入する場合、流通・卸・小売店等の手数料が50%を超える現状では、『はがき商品券』だと、生産者もきちんと利益を得ながら、購入者にも喜ばれる商品設定が可能です。
 はがきは、自分で使わずに、誰かにプレゼントして使ってもらってもよし、使わずにとっておけば5000円が義援金として生きるシステム。企画・立ち上げはボランティアで進め、5月中旬以降は研究会メンバーの中から数名で会社を立ち上げて、継続的な支援に持ち込む計画です。

【すずき てるたか】
1949年、名古屋市生まれ。神戸市役所、山梨県庁、総合研究開発機構勤務を経て、江戸川大学社会学部ライフデザイン学科教授。国土審議会政策部会委員をはじめ、内閣府、総務省、農林水産省、経済産業省等の委員会の委員を歴任。著書に『田舎意匠帳(ろーかるでざいんのおと)』ほか多数。

笑顔と笑顔「はがき商品券」 予告

東北が親戚になる
笑顔と笑顔「はがき商品券」

 2011年5月13日(金)
第88回ローカルデザイン研究会にて販売開始(予定)
 販売価格:5,000円(送料込、国内のみ)


「はがき商品券」で東北の食材などを直接購入することで
長期的に支援する仕組みを作っています。
プレゼントとしても使えます。

 東日本大震災の被害をうけた地域が復興していくためには、東北地域の経済振興、雇用を創出する必要があります。「はがき商品券」は地場商品の消費拡大販売を進め、持続的な経済支援・雇用促進のための支援の一助として発行するものです。
 支援先は、ローカルデザイン研究会と縁のある岩手県の「多田自然農場」(遠野市)、「こっぽら土澤」(花巻市東和町)、「世嬉の一酒造」(一関市)の3者に、それぞれ100枚(計300枚、各50万円分)発行することからスタートし、さらに広げていく予定です。
 また、当面1年間は毎月発行し、商品は季節を考え、お得感のあるものとし、販売し続けて、東北を支援していきたいと思っています。
 是非、ご協力ください。

 デザイン:梅原真さん(高知市)
 イラスト:村井良江さん(新潟市)
 企  画:ローカルデザイン研究会
 事 務 局:ごえんカンパニー
 協  力:アール・ピー・アイ

ローカルデザイン研究会から皆さまへ 2011.4.22

ローカルデザイン研究会から皆さまへ


 このたびの東日本大震災の被害に遭われた多くの皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 震災の報を受け、ローカルデザイン研究会事務局では被害に遭われたゲストの方々や参加者へ支援金を送ろうと、3月15日にゆうちょ銀行に口座を開設、支援をお願いいたしましたところ、実に多くの方々からお振込をいただき、総額1,857,721円(4月11日現在)となりました。趣旨に賛同いただき、予想外の金額をお寄せいただきましたことに驚きつつ、皆さんの心温まるご支援に感謝いたします。
 いただきました支援金は、第一弾としてローカルデザイン研究会と関係のある多田克彦さん(岩手県遠野市)、佐藤航さん(岩手県一関市)、猿舘祐子さん(岩手県花巻市)、畠山重篤さん(宮城県気仙沼市)にお送りしました。
 中間報告として、支援をいただきました皆様のお名前を挙げさせていただき、心よりの御礼を申し上げます。

 今回の震災による被害から生活を立て直すために、どのくらいの時間と費用がかかるかは予想もつきませんが、息の長い支援が必要になることは間違いありません。今後の支援のあり方については現在、相談しているところですが、今後とも皆さんのご協力をよろしくお願い申し上げます。

2011年4月22日

ローカルデザイン研究会 事務局
 齊藤哲也、鈴木輝隆、戸矢晃一、中根正義
ローカルデザイン研究会へ支援金を寄せられた方々のお名前と総額

【総額】1,857,721円(4月11日現在)

【お名前】(順不同)
・相澤 真一様
・松坂 国善様
・羽田 麻子様
・関 由有子様
・大石 麻子様
・中山 幹生様
・高松 正彦様
・吉本 標実様
・大嶋 義実様
・佐々木 香代様
・宗 勇真様(ジャグリフ株式会社様)
・川畑 輝子様
・梅原 真様
・斉藤 浩二様
・高橋 純一様
・荒川 清司様(株式会社マチナミカントリープレス様)
・吉田 充志様
・有山 忠男様
・小林 郁雄様
・加茂 洋様
・上瀬 由美子様
・松本 芳廣様
・大隅 尚行様
・関根 潤一様
・大内 朗子様
・玉田 さとみ様
・尾曲 伸一様
・横山 裕幸様
・砂村 佳保様
・三好 一美様
・西川 多紀様
・平野 敬子様(コミュニケーション・デザイン研究所様)
・太田 理加様
・五十嵐 威暢様
・林野 旻様
・澁谷 尚子様(コミュニティカフェでる・そーれ様)
・高橋 徹様
・水野 亮平様
・宮嶋 祐子様
・塩谷 未知様
・三上 琇正様
・吉澤 信介様
・樋渡 牧人様
・桑野 和泉様
・奥村 文絵様(フーデリコ株式会社様)
・城谷 万里子様
・町田 陽子様
・土屋 広之様
・村松 達雄様
・古谷 一夫様
・松本 美智子様
・檀 將治様
・丸野 里美様
・三上 義治様
・三澤 茂計様
・古川 文久様
・三森 哲也様
・三上 育子様
・後藤 千恵様
・鈴木 正士様
・櫛引 正明様
・野原 大介様
・恵 小百合様
・田原 幸訓様
・根元 英明様
・有馬 誉夫様
・竹尾 有一様
・加藤 研介様
・北川 泰三様
・野村 友紀様
・山路 恭之助様
・中村 清美様
・本松 明仁様
・土井 博子様
・宮本 容子様
・野田 金男様
・斉藤 嘉久様
・松井 孝子様
・林 貴彦様、朝子様
・長澤 博英様(アールピー・アイ有志一同様)
・市原 実様
・小俣 多美子様
・羽田 麻子様
・春日 俊雄様
・鈴木 淳様(株式会社ベルズ様)
・月本 久美子様
・舘 逸志様
・瀬尾 克美様
・白井 美知代様
・株式会社 羽鳥書店様
・大黒 大悟様
・三代校舎ふれあいの里(おいしい学校、大正館、津金学校)お客様
・明石 智元様
・岩佐 洋介様
・中村 東香様
・三好 一美様
・飯沢 篤志様
・陶 智子様

〈事務局〉
・齊藤 哲也、
・鈴木 輝隆
・戸矢 晃一
・中根 正義
(※名前や所属等が間違いのある方はお申し出ください)
合計 105名
【支援金の振込先】
多田克彦さん(岩手県遠野市) 40万円
佐藤 航さん(岩手県一関市)  20万円
猿舘祐子さん(岩手県花巻市) 20万円
畠山重篤さん(宮城県気仙沼市)10万円


【振込口座番号】
(システム上、名義に「LD研」等の名称が入れることができませんが、ローカルデザイン研究会支援金振込の専用口座です)

ローカルデザイン研究会の支援金の振込先です。
1)ゆうちょ銀行からお振込みいただく場合
 株式会社ゆうちょ銀行
 記号    番号
 10130  30130761
 名義 サイトウテツヤ(齊藤哲也)

2)他の銀行からお振込みいただく場合
 株式会社ゆうちょ銀行
 店名(店番) 種目     口座番号
 018(ゼロイチハチ) 普通預金  3013076
 名義 サイトウテツヤ(齊藤哲也)

東日本大震災・現場調査報告 2011.4.16-18

東日本大震災・現場調査報告 2011.4.16-18
江戸川大学社会学部ライフデザイン学科教授 鈴木輝隆

2011年4月16~18日、現地調査に行きました。
陸路、新幹線等考慮しましたが、移動時間も最短であった飛行機をなんとかキャンセル待ちで手に入れることができ、向かうことができました。
メンバーは、日本デザインセンターの原研哉さん、鍋田宜史さん、内田奈緒さん、MUJIの土谷貞雄さん、ご縁カンパニーの山口八重さん、そして私の6名です。
コースは、16日は、東京羽田空港→いわて花巻空港→花巻市東和町土澤(車)→遠野市→釜石市→大槌町→遠野市→花巻市東和町土澤(宿泊)
17日は、花巻市→釜石市→大船渡市→陸前高田市→気仙沼市→一関市(宿泊)(車)
18日は、一関市→いわて花巻空港→東京羽田空港(車)

〇被害地域の状況
現場全体の印象は、大地震の揺れによる被害は少ないにもかかわらず、津波の被害は甚大で、津波が来た場所には何ひとつ無事であったものはありません。誰にも住まう場所はまったくありません。建物から家財道具、車まで形あるものは、津波の力で破壊されすべて粉々というような無残な光景がどこまでも続きます。津波で破壊された車は、建物に突き刺さり、ぐちゃぐちゃになり、勝手に処理できないこともあり集められ、無残な印象が脳裏に残っています。
海に浮かんでいるはずの大きな船が家屋や陸上にあがっている風景も数多くあり、津波被害の甚大さを感じさせ、記憶に残ります。
この甚大な津波の被害は青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県の海岸へと続き、恐ろしさに身震いします。岩手県、宮城県、福島県の3県だけでも300kmあり、堤防は190kmが破壊されたと聞きますから、私はごく一部の現場しか見ておりません。
岩手県の海岸は、リアス式だけに、津波が川を上ってきて、海から何キロも離れた集落でもすべてが粉々に破壊されるなど、被災地の規模の大きさには、ただ驚くばかりです。リアス式海岸だから、海岸から約30m以上高いところに、津波予想地点という道路標識があり、津波を予想し準備をしていたのかもしれませんが、ここまで押し寄せるとは想像できず、行政も住民も高を括っていたのかもしれません。
どのような根拠があるのか、分かりませんが、地元の多くの人が東北ではここ6,7年くらいのうちに、大規模や地震や津波が99%あると言っていたが、本当に起きてしまったと話します。
破壊された市役所など公共的な建物には、「地震・津波に備えよう」という、横断幕が残っていて、災害対策も力を入れて行ってきたと思われます。
岩手県はリアス式海岸が多く、細く長く被害を受け、ただ平野部の陸前高田市では、内陸へ向かいどこまでも津波が押し寄せ、町のすべてが消えてなくなっています。宮城県は平野部が多いので、陸前高田市と同じような被害が広がっているという話を聞きました。
原研哉さんは、東京湾に津波がくれば、平地なので職場がある銀座は全滅だなと、つぶやいていました。
津波が来た地域は、どこも同じようにすべてが粉々で、一度押し寄せ、海の底が見えるまで引き、前以上の大きな津波が押し寄せ、家にものを取りに来た人たちを襲ったそうです。3回くらい津波は襲ってきて、人や車、破壊した建物瓦礫を海に持っていったと、話をしていました。
海岸沿いはすべて破壊され、津波が川を遡って押し寄せた地域は元の姿を留めていませんでした。家を失くした家族が思い出の品をガレキの中で探している現場はまだ複数ありました。

〇復旧の状況
すべての被災地では、現場の片づけの速度は、私が想像していたよりも早く、被災地の道路はすべてというくらいガレキは片付けられ、車の運行には支障はありません。電気の復旧は早く、新しい電柱が設置され、水道や宅配便など、ほとんど問題ないようです。
被害地域が広範囲で、ガレキの処理についても、どこから手をつけていいのか分からないくらいだったと思いますが、考えられないくらいのスピードで片付けが行われたと思います。日本は災害が多く、過去の経験があるから、現場ではすぐに必死の対応が行われたと思います。
例えば、陸前高田市は平野部で、津波が市街地のすべてを破壊し、奥まで来ていましたが、見渡す限り、ガレキのほとんどは片付き、がらんとした荒野でした。町の中心部は何もない。ガレキをあっという間に片付けるには、自衛隊や消防団、警察などによる目視による遺体の発見からはじまります。その後、自衛隊や自治体から依頼された業者などが、重機を使い一気に片付け、仮設の道も造ってあります。車の通行量は普段より多いのではないでしょうか。
津波が押し寄せた地域は建物建設の禁止区域になっていますから、この光景は当分、この状態でしょう。
自動車は破壊されても、所有者の許可がないと処理することができないこともあり、数多くのぐちゃぐちゃになった車が数多く集められ、多くの人が写真を撮っていました。車の処理は法律ができ、すぐに片付けられることになると思います。
これから被災地の現場は、1週間経てば、すごい勢いで片付いていくという話も聞きました。日本人の災害の復旧への意志と技術、昼夜を問わず厳しい条件下での必死の作業をする勤勉さに感心しました。
一方で、まだまだ地元の新聞には遺体確認の記事が出ていて、毎日150人以上もお名前が載っています。捜索活動は気仙沼市のガレキ現場でも行われていて、空からはヘリコプターを使って海上捜索を行なわれ、私がいた時、唐桑地区で1名が発見されました。
私が回ったところでは、遺体捜索は気仙沼や大槌町などで、他はもう終わっているので、ガレキの処理は早く進むのではないでしょうか。
10万人を超える自衛隊の救助活動には感謝しかありません。一番多く見かけた車は自衛隊です。遠野市や一ノ関市にある自衛隊のキャンプでは、彼らは1カ月以上もテント生活です。住民の方が自衛隊に感謝している姿はよく見かけました。県外ナンバーの警察や消防の車も良く見かけ、全国の自治体からの支援も普通に目にし、災害の多い日本では自治体間の連携の必要性は、現場で学ぶことができます。
被災地でも津波の被害を受けていない店では、普通に営業していて、日々の行動の中から復興は生まれる、東北人のたくましさを感じます。
ガレキ撤去の作業は、自治体の判断ではじまるのでしょうか。陸前高田市だけがいち早く片付けてあり、ほかの地域ではガレキ処理が進んでいませんでした。すぐには町を復興することができないと考えているのか。仮設住宅に力を入れているので、後まわしになっているのかもしれません。
まちづくりに携わっている人は、一度現場を歩き、自然災害の厳しい現実に向き合うことを勧めます。自分の意見に責任を持ち、自然の前におごることのない専門性とは何かを考え、住民の人の真の願いに耳を傾け、ともに考え行動していくべきだと思いました。
マスコミで評判が悪いのは、自分のシナリオを持って現場に来て、それにあった場所や被災者を探し、編集していくので、信頼できないという地元の方は多かったです。テレビでコメンテーターは何を言っているのだとも、その無責任さにあきれるとも話をしていました。こうしたマスコミによって、現場の事実が伝わっていないと住民はいいます。
地元の住民が話し合って、残る人は残り、自らが行動する中から真の復興は生まれると思いました。専門的な知恵や経験には、住民はきっと耳を傾けてくれます。逃れることができない厳しい現実の生活の中で、外部の人であっても真摯な考えや行動を、住民は見抜く力をつけています。

〇支援物資の状況
ものの支援は、多くの志ある方や組織、行政、企業などが素早く対応し、支援センターなどには置場がないくらい。ものはもういらないと、ほとんどの場で話を聞きました。日本だけでなく世界中のみなさんが、自分にできることはないかと、それぞれが支援物資を送ったこともあり、海外からも多くの物資が届き、広い体育館がものをこれ以上、置くところがないほどでした。食料から衣服、日用品に至るまで、ほとんどの物資はそろっています。
海岸部の自治体が壊滅状態なので、隣接した被害が少ない自治体が物資の支援を行ってきました。しかし、自治体が違うので直接避難所には運ぶことはできないので、いったん被災地の自治体の支援センターまで支援物資を届けています。そこから、地元の自治体が避難所に届けるのです。
さらに、避難所では、避難者が多いので、全員分の数が揃ったものでないと、苦情を言われるので、半端な数では配布などの対応はできなかったそうです。支援物資は、避難所に1000人の避難者がいれば、物資も同じものが、1000個が揃わないと配れないなど、行政を通じた支援には限界もあったようです。行政に携わる方々も被災者であり、手が足りない中で、今なお大変な苦労をしています。物資の仕分けもままならないまま、現在は、山積みになった物資の中から住民が必要なものを探し出して持っていくという状態の物資倉庫もありました。
海外から物資を送りたいという問い合わせに、同じサイズで同じ色のものでなければ受け取れないなど、相手の国の方も日本の行政対応にびっくりしたと言う話もあるそうです。
大槌町では、防波堤が破壊され、ガレキの山の中に、廃墟となった家の屋根に大きな船がドーンと乗っていました。このガレキの中を元気に走り回る子どもたちが3人。話をしてみると、みな家は流され、被災地から10mも上がらない学校で避難生活を送っています。欲しいものや足りないものがあれば届けるから、何かありますかと、子どもたちに質問をしたら、何も困っていないが、避難所ではすることがないので、ゲームがあればいいなと、生活の物資は足りているようでした。
ただ、いま津波が大槌町の避難所を襲ったら、どうなってしまうのだろうと思うような低い場所で、暮らしているのが気になりました。子どもたちは、未曾有の災害にもあっているのですが、明るい表情で、この町が好きで、これからもこの町で暮らしたいと返事をし、再び楽しい日々の暮らしが戻ってくると信じていました。これから社会に出る子どもや若い人たちは、復興ゼネレーションと言われる力強い世代に育ってほしいものです。
ボランティア団体は、それぞれが小さな支援を、自分の判断で行い、自由にきめの細かい対応をし、臨機応変に支援物資を避難者に届けてきました。手元にある支援物資は、普通の生活に必要な物資は足りていて、置き場がなくなっています。ある意味で、多くの人たちからの善意の物資支援が、避難者の命を救ったと思います。そして、被災者や現地の人の精神的な支えになったと思います。

〇ボランティア活動の状況
活動を始めたころは、できることから、個々のボランティア団体で別々の活動をしていましたが、現在は落ち着き、遠野市でも釜石市でも、地元の社会福祉協議会が中心になり、ボランティア団体の調整をとり、必要で細かい支援を系統だって指示をだして、支援を行っています。
ゆるい組織からなるボランティアのコミュニティは、行動しながら秩序を創造していました。今後のまちづくりに参考になるのは、ゆるい組織から力強い地域支援が生まれると言う事実です。
被災地があまりにも広範囲で甚大で、町全体が破壊された場所では、ボランティアの人力だけではとても無理で、大型の機械でなければ復旧作業は進まないのが現実です。
陸前高田市の中心部は、すでに整理され、ただの水の広場のようになっている現状です。ボランティアは、津波被害の周辺部などで、農地のガレキ整理を行っていました。農家がある周辺では、道の両サイドや田畑には流れてきたガレキがまだまだいっぱいでした。
釜石市では、津波の被害を受けたものの、高さ23mの巨大堤防のお蔭で、建物が残っている家が多く、多田さんも一緒になって作った釜石自立支援センターに滞在するボランティアが、ガレキを人力で排出していました。1軒行うには3人がかりで4日間ほどかかるそうです。現在、町の中心部の道の両サイドにはガレキがいっぱいで、これから処理場が問題になると思います。
あとは、ボランティアの活動は、避難所で炊き出しや被災者の話し相手になるなどの支援を行っているようですが、今回は避難所を見ることができませんでしたので、話を聞いただけです。
気仙沼では、ボランティアが中心となって空き地で炊き出しなどをしていましたが、被害はひどいものの落ち着いた状態でした。
これから現地でのボランティアを希望する人は、地域の社会福祉協議会に状況を訪ねて行くのが良いと思います。単独行動では地域の役には立たないと思います。
それにしても、方針が決まれば、現場の動きは早いようです。物資を配る活動は4月でやめるところも多く、避難所から仮設住宅に移住する人も出て、避難所生活支援から、仮設住宅や生活できる建物に移住していくと考えられ、仮住まい者の支援となるようです。
現在は、津波が来た地域では建設は禁止です。家の建設を伴う町の復興は時間がかかりそうです。ボランティアの活動は避難者に寄り添って、生活応援や雇用応援となっていくのではないでしょうか。


ここからは、ローカルデザイン研究会で支援している、花巻市東和町土澤の猿舘祐子さん、遠野市の多田克彦さん、菊池新一さん、気仙沼市の畠山重篤さん、一ノ関市の佐藤航さんの話を書きます。

〇花巻市の猿舘祐子さん(一緒に活動しているハーティネットとうわ代表の小原ナオ子さん)
ドイツの池田憲昭さんから、ドイツの子どもたちが使っていたおもちゃを被災地の子どもたちにと、段ボール箱7つが小原さんの自宅に届いていました。中を空けると、日本とは違った木を使ったデザインのおもちゃが出てきました。きっと保育園の子どもたちは珍しさもあり、喜ぶと思います。
猿舘さんと一緒に活動している小原さんは、青年の船に参加し、いち早くそのメンバーに声を掛け、歴代のメンバー(100人×23回)のネットワークへとつながり、その輪が広がっていったそうです。2月間の長い旅から信頼関係が築かれ、毎年続けてきたことで世代を超えたネットワークが生まれ、同じ体験から信頼のコミュニティができているのかもしれません。個人の時代になったいま、若い時の共同体験の重要さを学びました。
小原さんは、財団法人日本国際協力センターのメンバーでもあり、こうした経験から世界に支援を呼び掛け、国内外から段ボール300箱も支援物資が届いていました。たったひとりの主婦でも、さまざまな人生経験から、これだけの支援活動ができるのです。家の倉庫やガレージは、支援物資でいっぱいでした。どこに何があるのかは、分類の仕方は経験から身につけたそうです。
若い時に、理想や理念なき個人主義や競争ではなく、集団での生活や海外支援の経験などをすることで、いざとなった時、自分で判断し、自らの責任で行動できる人間が育っていたのです。
日本は、青年の船や発展途上国で国際協力することを通じて、こうした若い人も育ててきたのです。若い時に、社会貢献できる人を育てておけば、市場のもつ矛盾や課題に対応でき、いまの閉塞感のある時代を変えて行くことができます。市場原理と宗教心の関係だけではなさそうです。
震災が起きた時に、地域づくりの専門家は、自分の方法論ばかり言う人が多く、現地で活動することから考える人は少なかったと聞きました。私は今回行って、困難な状況の中で、的確な判断と行動をしている人は、現実をまず直視して、経験で養われた直観や洞察を基本にしていることを知りました。
ちょうど、釜石市から家を失い、生後2ケ月の子どもを抱きかかえ、かろうじて避難してきていた女性が粉ミルクや洗剤、紙おむつなどを必要として来ていました。お世話になっている家への配慮の物資なども渡し、これから子育てに必要な物資も、きめの細かい親切な対応に感心しました。
また、多田さんが始めた避難民の方をバスで温泉に連れて行く支援に、温泉から出てきたときに、新しい下着などの衣料、身の回りのものを用意したのは、この女性だけのメンバーです。
猿舘さんと小原さんは以前から活動仲間で、大震災後、いち早く、車に支援物資を積み、海岸にある保育園などを、地元の方に聞いて歩き、支援物資を届けました。その後も支援物資を2トントラックに積んで、自分たちで運転し、避難所ともなっている「つつみ保育園」などに運んでいます。子どもの声を聞くと避難者は明るい気持ちになり、元気が出るのだそうです。心のケアには子どもの存在は大きいそうです。
その子どもたちに、ドイツから届いたおもちゃがプレゼントされます。
女性の大胆かつ勇気ある活動に加えて、きめの細かい心配りには、頭が下がります。今後は、東和温泉における下着などの物資提供は、4月27日午前で終了するそうです。バスで被災者を送迎する活動を展開している多田農園さんも、4月一杯でこの活動を終了するそうです。23日に、残るすべての支援物資を必要な人に提供するオープンな場を作り、今月でものの支援をやめて、これからは精神的なケアをするそうです。
これまでの猿舘さんとの活動は別紙でお読みください。※「ハーティネット東和」
今後の活動は、避難所にいて、1か月も動かず支援ばかり受けていると、精神的に落ち込むので、キッチンを作って自分たちで食事を作るなど、避難者ができることをワークショップで決めて、それを支援していきたいそうです。
しかし、キッチンを避難所などに作って、みんなで食べるとか、弁当を作るなどは、保健所が許可しないとだめだと言う話を、遠野市で聞きました。炊き出しはいいのに、なぜと思います。
私が内閣府の舘逸志審議官にこの話をLD研究会後の懇親会の場で話しましたら、彼は行政刷新会議事務局(国民の声担当室長)同会議規制・制度改革担当事務局長になり、今度現地に行き、みなさんからの声を反映したいので、規制緩和の話はどんどん言ってくださいとのことです。現場で感じた矛盾や疑問、規制緩和などありましたら、私までお送りください。すぐに舘さんと連絡をとります。
その後、猿舘さんとは、「はがき商品券」の打ち合わせをしました。
土澤商店街が取り組んでいる、一人住まいの人のためのコーポラティブハウス「こっぽら土澤」、住宅の提供だけでなく、お惣菜やレストラン事業を、商店街の人たちがリスクを背負って進めていますので、これを応援することも併せてしたいと思っています。
商店街の魅力的な商品を詰め合わせ、例えば、佐々長醸造でみそと生醤油、絶品のつゆ、きのこや「おいよ」の山菜や天然キノコなど、いろいろ猿舘さんは思考しています。
はがき商品券を使って、商店街の存続支援をしながら、避難民の支援、地域の経済や雇用の支援を行っていきます。
また、猿舘さんには、お忙しい中を、16、17日と被災地の現場を案内していただきました。さらに16日は、遠野市で菊池さんと話あっていて、いつの間にか夜遅くなり、お願いしてあった宿泊の場がなくなり、猿舘さんの自宅の別室に、6人で泊まらせていただきました。寒い夜だっただけに、ご配慮を心から感謝申し上げます。われわれは、善意のみなさんの対応に、配慮がなく申し訳なかったと反省しております。
なお、現地に行こうと考えているみなさんは、宿泊は花巻市のホテルや遠野市の民宿などありますから、予約していけば大丈夫です。

〇遠野市の多田克彦さん
多田さんは多田自然農場を経営し、農業からさまざまな加工品、レストランまで経営しています。道の駅「遠野風の丘」では、ソフトクリーム、アイスクリーム、チーズケーキが食べられる多田克彦の店や商品も牛乳やプリン、ヨーグルト、豆腐、納豆、ソーセージなど、本当に新鮮でおいしい商品を製造販売しています。こうした新鮮な地元の食品を被災地に毎日届けてきました。
ローカルデザイン研究会では、地元の食品を買い上げ、これを被災者に届けたいと思って支援を申し出たのです。現在は、道の駅は、連日、駐車場は満杯で、道の駅での商品の販売が通常より良く売れ、東京に出荷することができないほどだそうです。
連休後、はがき商品券では、この人気商品を中心に、安全で新鮮な食品を送ってもらえます。少し落ち着いてきたら、多田さんの仲間が作っている野菜や加工品などの構成も考えたいそうです。
さて、多田さんとは、被災地釜石市のカトリック釜石教会にある自立支援センターで、お会いすることができました。ちょうど、ボランティアの方が週1回のBQをしているところでした。20人から30人、全国から集まってきたボランティアの方が教会内で、寝袋で寝泊まりし、個人の家の中にいっぱい詰まったガレキを排出するのだそうです。
たまたま、山梨県富士河口湖町の観光ホテルに勤めていて、今度の震災でお客が来なくなり、首を切られたので、山梨のハローワークに行っては、また釜石に戻って、ボランティア活動をしているとのことでした。あなたのような人を社会はほってはおかない、いい仕事が見つかると思いますなど、お話を聞かせていただきました。
幸い、釜石市のこの地区は、高さ23メートルの巨大堤防(総工費135億円)の効果があり、ほとんどの建物は流されず、1、2階が津波にやられました。ただ、基礎がだめになった家も多く、町の中心はまったく電気はついていませんでした。
びっくりしたのは町にある被害を受けた銭湯「鶴の湯」が修繕を終え、被災者のためにも営業していたことです。みなさん、温かいお風呂は、ありがたいと本当に感じたと思います。
多田さんは、避難所への物資はもういらない、これからは避難所から仮設住宅の支援に変わるだろうと言っていました。
また、帰ってから電話をすると、ボランティアの活動はおおむね釜石市の家の片づけを終え、大槌町の作業をしているそうです。こうした多くのボランティアの活動も続けて行くことで、被災者を励まし、個人の生活を復帰していく効果があります。
また、最初お会いしたときに、ローカルデザイン研究会の支援のお蔭で、ここまでがんばることができた、本当にありがとうと感謝され、胸が詰まりました。みな支援してくれる仲間がいて、いつも以上にがんばれるのです。
ドイツの池田さんからの支援も、カトリック釜石教会のみなさんも知っていて、多田さんや仲間の方から深く感謝されました。
いまも、「The brigade of baker」故郷を超えたパンの旅団が遠野の多田自然農場の工房で毎日パンを焼き、釜石の被災された方々に、いい品質の食べ物を届け励ます姿勢を学びたいと思います。日本でも有名なパテシエや料理人がボランティアを買って出てくれ、被災者やボランティアのへ食事を届けています。
また多田さんは、長期的には、被災者がものをすべてもらって暮らすことに慣れてはだめだ、感謝することさえ忘れてしまうとも言います。これからは、地域で自立しようとする人を応援していかねばだめだと考えています。
はがき商品券には期待していて、支援は被災地に働く場を作ること、経済を作っていくことが大事だから、これからははがき商品券で応援してくださいと言われました。
その後、釜石港に向かうと、大量の新車が津波でめちゃくちゃに破壊され、無残な姿をさらしていました。海の中にはもっと多くの車が沈み、難破した船、そして津波でさらわれた方々も眠っていると思います。
釜石港周辺を見渡すと、頑丈な建物でもクレーンなども、津波のパワーの前には無力で、破壊されていました。無傷のものは何もありません。
今回、自然災害の脅威を実感し、地球は人間のためだけにあるわけでなく、宇宙原理から地殻変動し、日々変化する地球の活動は、時に文明が築いた便利で快適な社会を破壊する力となって表れます。われわれは、都市文明が造り出した巨大な都市装置は絶対安全であると思いこまないこと。持続が難しい不自然な人口環境は、必ず自然な状態に戻されます。ある意味で、こうした自然災害が日本列島を作り上げてきている考えることもできます。自然災害を侮ることなく、災害の歴史から、自然の本質を学び、地域社会を作っていかねばならないと思いました。

〇遠野市の菊池新一さん
NPO遠野山・里・暮らしネットワークのマネージャーや東北まちづくり実践塾の塾長である菊池さんは、3月11日から現場で、身体を張って、民間の立場で被災地の支援をしてきました。
われわれが訪ねた、4月16日は、遠野市のボランティア団体が社会福祉協議会を中心にして集まった「遠野まごころネット」を結成し、がんばり続けた高いテンションから日常へむかいクールダウンするために、ジンギスカンのパーティをしていました。
遠野市はもともと、遠野物語などを基本に据えた個性ある取り組みをしてきた町です。住民と行政の協働のまちづくりなど、もう30年以上の住民自治の歴史があります。それだけに、今回の大震災でも、すぐに住民活動から支援活動を即座に行うことができたのです。今回も行政の災害支援センターの片隅で、みなさん忙しく、物資の輸送等をしていました。支援対象は、行政が行う大きな避難所ではなく、多くの身を寄せ合うような避難所などに、きめの細かい被災者支援を行ってきました。
花巻市の猿舘さんたちは、菊池さんたちの求めに応じて、新鮮な食材など、毎回1万円を基準にして、こまめに運んでいました。支援金を無駄に使わないように、決めた金額の中で長く支援していこうとしたのです。
食事後、菊池さんが行ってきた支援やこれからの活動方針について、話を聞かせていただき、ディスカッションもしました。
これまでは避難民の支援物資の配送を中心に行ってきたが、一息つき、ものはいらないとどこも同じ事を話していました。
自分たちが考えた、遠野市にある10か所の公民館を活用した、コミュニティの支援をしていく計画書を作ったが、まだ避難民は来ようとしていないと話してくれました。それは、
仮設住宅での生活は、阪神大震災と反省を踏まえ、一人にしないこと、コミュニティをばらばらにしないことが重要なのです。現在、入居者の決定は抽選で行っていて、この方法では、コミュニティは分断され、個々人が孤立してしまうのです。遠野市の公民館にはむしろコミュニティの全家族が生活できるだけの広さがあり、自分たちはコミュニティの手足となってお手伝いしたいと考えているが、まだ理解されないようですと、話していました。
個々の家族優先では、長い時間の仮住まいで、精神的な支援にならない。コミュニティがしっかりしていれば、助け合って生きることができ、復興の際にもまとまって再建できるので、何とか実現したいと話していました。
遠野市は、大槌町、釜石市、大船渡市を支援する場にあり、いまも広範囲の支援を行っていますが、被害が大き過ぎ、避難民も多過ぎて、仮設住宅も公民館もスケールが合わないのかもしれません。仮設住宅も必要な数にはとても及ばないので、いまは民宿民家を活用して、避難民の日帰りのデイケアーを実施して、お風呂や買い物など、自分たちの家を提供し、ほっとした時間を過ごしてもらい、感謝されていますと話をしていました。
原研哉さんから、世界の建築家や都市計画家、デザイナーなどからアイデアを出してもらい、それを集めた新しい海の都市のデザインを集めた本を作ったらどうかと、パソコンを出して参考事例のデザインを出して、菊池さんに見せました。
菊池さんは、遠野には縄文時代からの地域づくりや住まいづくりの歴史があり、また、自分たちのまちづくりに自負があると、縄文の知恵から学びたいと話しました。菊池さんには、遠野の人のこれまで持続してきたまちづくりの誇りを感じ、また、陸前高田市のようなほとんど何にもなくなった町には、原さんの提案する新しい情報、広く集めた世界の知恵が必要なのかもしれません。
今回の未曾有の世界的規模の自然災害が起きた町には、世界中から知恵を集めて、世界が支援して、魅力的な都市づくりをすることも、これからの世の中、必要だとも考えました。それがグローバル化の時代に、世界平和にもつながる方法論かもしれません。

〇気仙沼市の畠山重篤さん
私は原研哉さんと別れ、佐藤航さんの案内で、山口さんと畠山重篤さんを訪ねました。
気仙沼市唐桑地区は地盤沈下が激しく、海岸が90cm以上下がっていました。一昨年訪ねた時とすっかり様子が変わっていて、海に近い地域には構造物は何もない状態でした。60人くらいの住民のうち、4人が行方不明となり、空からは自衛隊のヘリコプターが、陸上でも自衛隊や警察が遺体捜索をしていました。
海はあくまで静かで美しく、何事もなかったような光景です。ある意味で、前より一層美しく澄んでいて神秘的ですらあります。
ここで一昨年いただいた、牡蠣やホタテ、ホヤなど、実に美味しかったことを思い出しました。
ちょうど、ニュース23の膳場貴子さんが取材撮影をしていました。畠山さんはいまや日本の知識人のひとりで、マスコミにもよく出演していて、毎日大勢の方が訪ねてこられているようです。
長男の方の案内で、海岸べりを歩きました。3男の方が、津波の時に船を救おうと、沖に出ようとして、波にさらわれて沈没し、漂流後、大島につき、自衛隊に発見されて無事だったそうです。長男は、3男の行動は無謀なだけだと、津波が引く時に出るのではなく、押し寄せた時に沖に出るものだと教えてくれました。それもある程度大きな船でないと無理だといいます。
畠山さんには3人の男の子がいて、みな畠山さんと一緒に、海で働いているようです。娘さんもいるようですが、みなさん、父親のことを尊敬していて、うらやましい理想的な地域に根ざした人間の生き方です。
津波は岸にある畠山さんの施設や船を飲み込み、30mくらい上にある自宅の足元まで押し寄せたそうですが、家もみなさん、津波にさらわれるようなことはなく、無事だったようです。ただ、お母様が寒さで体調を崩して、亡くなられたそうです。心からご冥福を祈ります。
牡蠣もホタテの養殖も、今年の復旧は無理だと言うことです。ただ、海は大丈夫だから、来年には養殖を再生することはできると言っていました。
畠山さんは、「森は海の恋人」というキャッチフレーズで、漁師が山に木を植えて、植物性プランクトンを豊かにすることで、牡蠣やホタテ、海の資源を豊かにできることを証明し、実践している方で有名です。今年も春には、気仙沼市の上流で、一ノ関市にある山に木を植えるのだそうです。
みなさんから預かった支援金をお渡しし、ひげを生やして仙人のような風貌の多田さん、たくましい落ち着いた長男の方と一緒に、復興を誓う海を背景に写真を撮りました。
これからのことはじっくり考え、復興していくのだそうです。3人のしっかりした息子さんがいるから、何か安心した心持になりました。地域にしっかりした家業があり、後継者がいることこそ、持続可能な地域社会を築くことができると感じたのでした。
ローカルデザイン研究会のみなさんに、よろしくお伝えくださいとの伝言を預かりました。ローソクの火のもとで執筆をしたという畠山さん、今後の本の出版や講演会なども約束したと、肩の力が抜けた人間の言葉にならない美しい姿を感じました。どの家も大災害を受け、養殖施設や船を失ったにも関わらず、落ち着いた人間の生き方に、未来を信じることができ、漂然とした畠山さんの姿がいまも焼きついています。
また、気仙沼の市街地では、大きな漁船がまだ陸にあがっていて、周りが粉々であり、そこでも目視による遺体探索が行われていました。地盤沈下があり、潮が満ちてくると道路は冠水して通行止めになります。坂が多い町だけに、冠水と非冠水の地域がくっきりと明暗を分けていて、被災を受けない地域の経済活動はすでに始まっています。
東北人はこうした自然災害に対して、遺伝子の中に不屈な魂と復興への行動が当たり前にように組み込まれていて、どう対処していけばいいのか、知っているようでした。日常を取り戻そうと、くよくよすることなく自然体で働き始める姿勢に、感動すら覚えました。

〇一ノ関市の佐藤航さん
世嬉の一酒造は、東北随一の蔵を持ち、これまでも地震が来るたびに、いつも大丈夫だったかと心配になります。蔵空間が巨大だけに、維持管理するには経費がかかりますが、人の良い佐藤一家は修復しながら守ってきました。
この震災で、ある蔵は壁が隣接した家に落下して、補償問題が起きているし、ビールを製造している蔵は構造的に問題があり、亀裂がひどく、ビール工場は被災し製造できない状態です。商品販売や事務所として使っている蔵も、修理していました、これも根本的に考えねばならないようです。
今回、被災地を視察調査に来た建築家の内藤廣先生が、時間がない中、建物を見てくださり、抜本的にやる必要があるねといわれたそうです。なんとかがんばっていこうと考えていますと、航さんからメールが届いていました。
修復には結構なお金がかかるため、はがき商品券にも期待しているのです。
そして、震災後、まったく売り上げがなくなった時もあるが、いまはみんなが前をむいて、社員もがんばって働いています。社員すべてを雇うことができないので、少ない人数でがんばっていますし、休業となっている社員は、社会保険で給料の6割をもらうことができますが、早く再雇用してあげたいと考えているようです。
また、世嬉の一では、被災者に物資を届けてきたのですが、母親である専務が「たんぽぽの会」を企画立案、設立して、避難している方の生活物資支援に切り替えました。いらなくなった自転車を集め、一ノ関で新しく生活する人にお分けしたり、蔵を整理して使える食器や台所用品などを配ることを始めたそうです。
今回、猿舘さんの案内から、佐藤さんへバトンタッチして、陸前高田市や気仙沼市の被害状況を見て回りました。陸前高田市は、町の中心のすべてを失いました。助かった人はホテルなどの高い建物の屋上などに避難し、一命を取り留めたそうです。
いまも町の中心部を訪ねると、地面は沈下し、海水に浸かり、店も何も、誰もいませんから、今後のまちづくりはまったく新しい発想から都市基盤を計画し、建設を始めねばなりません。
世嬉の一の佐藤さんご一家には、航さん夫妻に2人目の子どもがもうすぐ生まれます。奥さんも落ち着いた表情をしていて、みなさん被災をしているものの、信頼の深さがいっそう深まったように見えました。
山口さんと航さん、専務のお母さんも加わって、はがき商品券の打ち合わせをしていて思ったことは、お母さんの知恵のあること、そしてすぐに体が動き実行すること。東北復興の原点は、住民の持つ力を発揮できる場を作ること。そして、日本全体から、海外から志ある知恵とお金を集めて、応援すると同時に勇気づけられることと思います。
笑顔と笑顔「はがき商品券」には、新しい時代の信頼のマネジメントのヒントがいっぱい詰まっていると信じています。

〇その後、猿舘祐子さんからメールが届きました。
大事なことが書いてあるので、みなさんに紹介したいと思います。

4月16,17日の岩手県被災地視察にお越しの皆さま、お疲れ様でした。
そして、現地の菊地新一さん、多田克彦さん、佐藤航さん、今回の視察に対してご協力いただきまして、まことにありがとうございました。
現地をまわり、被害が点ではなく帯状なのだと、改めて実感いたしました。また、その被災地の中でも、自分の立ち位置をしっかり持ちながら、支援をし続ける3人の姿に接することができ、貴重な時間を持つことが出来ました。
原研哉さんの近未来、菊地新一さんの縄文、今後の復興を考えた時、どちらの考え方も不可欠なものと考えます。
しかしながら、当事者である「そこ」に生きていく住民のみなさんが、どうしたいのかが定まらない限り、「そこ」での生活は見えてきません。
津波にあっても、「そこ」で生きていきたい理由を考えました。
土地への執着、生活の基盤、祖先を守る、墓を守る。などなど。
よくよく考えた末、気がついたことは、「そこ」に住んでいる人たちの日常生活の愛着でした。自分が朝起きてから、寝るまでの当たり前過ぎる日常。「そこ」に、彼らはもどりたい。
贅沢も何も言わない、津波にあう前の日常に戻りたいだけ。それだけなんだと、思います。
でも・・、戻れない。もう・・、前に進むしかない。
どこで、生き方の切り替えができるのかが焦点になっていくものと思います。
一人一人ができることは、決まっていますが、集団になったときに、ネットワークとして動き始めた時、個人以上の力を発揮するのでしょう。
ローカルデザイン研究会のネットワークも、今後大きなうねりとなって動き始めるような気がしています。
梅原さんのデザインは、いつもながらやる側をやる気にさせてくれます。
後押ししてくれます。元気でやるぞ!って思えるデザインです。
今回も、笑顔を忘れていた私たちにとって、大変だけど笑ってやろうよ。と、肩の力を抜いて取り組むことが出来そうです。
全国どこでも、笑顔の親戚になれたら、そんないいことないですよね。全国の笑顔の親戚のみなさん、今後ともよろしくお願いします。

〇最後に、反省を踏まえて
まだ行くべきではないと躊躇していた私を、揺り動かしたのは原研哉さんで、現場にまず行こうと強引に誘ってくれました。また、NPO文化資源活用協会の吉本さんは、地域を支援するならまず現場に行けと、なぜ行かないのかと詰め寄りました。猿舘さんや多田さんは、いま現場に来ないのであればあなたの支援を信頼していないよとわたしにいってくださっているかのような真摯な誘いは、身体の内部から出た言葉でした。
すべての予定を変更し、交通を調べてみると、時間はかかるものの結構現地に行く方法はあるのです。実行してみると、羽田空港からいわて花巻空港まで、1時間でスムーズに着きました。あとは、みなさんが現場に連れていってくれました。
われわれは、大震災後、地元の地域リーダーとのコミュニケーションとその人たちへの支援を続けてきたこともあり、マスコミや災害支援研究者に、そのネットワークを紹介し、非常時でも迷うことなく現場にたどり着き、宿や食料も手配してくださいます。
私は、自らも動き、現場に行くことはできたのですが、現場に行くことより、情報の整理と支援金を集めるのに、神経をすり減らしていました。
まず、できる支援をして信頼のネットワークを築き、できるだけ早く現場に行き、この世界で起きている現実を身を持って知り、自分に何ができるかを問い、仲間とともに行動することです。今後、こうした危機的な状況に対応する経験として、みなさんに私の反省を伝えておきたいと思います。
いまでも緊張感は抜けないので、疲れがたまります。地域のことを思うなら、行けるようになったらできるだけ早く現場に行き、自分に何ができるか、地域の活動家たちとともに、考え続けることです。こうした生き方ができるのも、謙虚に反省し、包容力のある人間に少しでも近づけるのも、みなさんのお蔭です。
みなさんに感謝するとともに、いまは『笑顔と笑顔「はがき商品券」』をしっかり取り組み、雇用と経済支援をしていきます。その後、また現地を訪れ、みなさんから学び、何をするべきか、問いかけて行きたいと思います。デザイナーの梅原さんや支援したいと考えているみなさんから、次に行くときには一緒に連れて行ってくださいと言う声も多く、また現地を歩き、お話を聞き、自分に何ができるかを問い続けたいと思っています。
そして現場を歩かないで、計画書を押しつけることだけは決してしないと、今回の現場に行き、心から誓いました。
こうした情報を全国や海外のローカルデザイン研究会の仲間の情報共有し、未来の地域社会を模索していきたいと思います。
現場で地道に活動するみなさん、時間をかけることで、自然や宇宙の真理が少しずつ分かることもあります。見えない地域の原理を発見し、おごりのない地域社会が実現できるように願っています。
本当に、苦難の日本の状況ではありますが、貴重な体験をさせていただいています。
心よりお礼を申し上げ、犠牲者の霊にやすらかな眠りを、被災者のみなさんには1日も早い、楽しい日常生活が得られますように、心よりお祈り申し上げます。

2011年4月26日 鈴木輝隆

2011年4月15日金曜日

東日本大震災 情報共有 2011.4.15

アドバイスなどありがとうございます。
行く前に感謝と新しい情報です。
3日間は、メールが届きませんから、少しホッとしてください。

◎RPI長澤さんから
気をつけて行って来て下さい。
陸高の件、ご心配頂きありがとうございます。

陸前高田地域振興株式会社の佐藤さん、金野さんらは、仮設事務所を設けたようで
す。
陸高の市街地で唯一残っているように見えるホテルの横にある「道の駅」の再開のた
めです。
ただし、売る物が全くないようなので、暗中模索の状態かも知れません。

佐藤忠広さんのことは、航さんもご存じのようなので、
もし時間がありましたら声をかけてあげてもらいたいのですが、
無理はなさらないで下さい。

仮事務所の住所は
〒029-2202
陸前高田市横田町字砂子田58-1
陸前高田振興株式会社
佐藤忠広さん
携帯090-8925-8504
金野さん080-2808-0769

◎藤井経三郎さんから
鈴木さんのネットワークによるたくさんの現地情報ありがとうございました。
私は、帰宅難民になって、この場で大都市の人々の行動にむしろ感動を覚えたこと、先週 青森に雑誌の特集のためにでかけ、
予定していた新幹線の不通でなんとか飛行機でたどり着き、直接の被害ではないものの、現地の二次災害の大変さを体験したこと程度です。
私たちの世代では、焼け野原になった街の姿とキナ臭い匂いがまざまざと甦ってきます。人間が意図的に起こした災害と自然が引き起こした災害との違いが救いではありますが、70年たったいま、アメリカの予想を超える援助は、加害者としての深い謝罪ではないかと考えます。
梅原猛さんは、天災でも人災でもない、文明災といっていますが、近代の科学文明の大きな転換点になったことは否めません。
ある歌人は原発こそ被害者と小さな声でつぶやいていると書いていますが、共感します。
歴史的に見ると、近代国家で災害によって復興しなかった例はないとのことです。これから先の心のの拠りどころのひとつかもしれません。
とにかく、鎌倉でいくつかの支援の仕組みと具体活動に参画しているぐらいで、ご報告するようなレベルではなく残念です。
猿館さんはじめみなさんによろしくお伝えください。
お気をつけて、現地を把握してきてください。

◎お世話になっております。3jags服部です。
 今週末に現地へいらっしゃるとのこと、拝見しました。
 この時期に現地の様子を見ておくこと必要なことだと思います。

 戻られましたら、来週または再来週に、鈴木先生の見聞きされたことを取材させていただけないでしょうか? 現地の写真などもあるとよいのですが…。

 ひとつには、以前にメールをさせていただいた「ぱるす通信」での復興支援記事として、取り上げたいと思います。当メールの活動については、すべて鈴木先生からのメールで知ったことなので、鈴木先生自身の見聞きを記事にするのが、私にとってもわかりやすいのです。

 もうひとつには、小学館の雑誌で「東北応援 お取り寄せ発掘企画」を担当することが決まりましたので、こちらに支援はがきの商品等の紹介ができないか…と思っています。
 来週22日の16:30~M.T.という情報がありますが、いきなり、こちらだけ聞かせていただくのでは唐突でしょうか? 状況がわかっていませんので、いかがなものか、お聞かせください。なお、当日の夜はすでに予定が入っているため、本会には参加できません。

 勝手なお願いばかりで恐縮ですが、ご検討をいただけましたら幸いです。
 よろしくお願い致します。

◎四万十ドラマの畦地履正さんから
こんにちは
お世話になります

さて、先日連絡させていただいた東北支援のことについてです
私達は道の駅四万十とおわを運営しています
その活動の中で何か東北を応援できることはないかと考えてきました
今まで、地域の農家の皆さんに協力していただき「もちより米」を集めたり、当地のお茶「しまんと緑茶」ペットボトルを被災地に届けてきました
また、道の駅においても募金活動をしているところです

そして、何より継続的にもっとわかりやすく、そして四万十ドラマらしく応援できることはないかとみんなで知恵を絞りました
それは、四万十ドラマが今まで作ってきた全国とのネットワークを活かす事が一番ではないかと考えたのです
もちろんそのネットワークには東北の皆さんもいます
実は3月9日仙台の地にいたのです
それは、仙台の仲間と高知とを連携した経済活動をしようという話をし進めていくことを確認したばかりでした
その話をした仲間も被災したのですが、彼らは頑張って炊き出し等のボランティア活動をしていることを知りました

本題に入りますが、具体的に応援することは、東北の産物を道の駅で販売し、少しでも経済活動の応援はできないかと考えました
既に、仙台や福島の仲間に伝えたところ、いろんな商品紹介をしていただいています
わずかの力にしかならないかもしれませんが、東北の商品を私達が扱うことで応援をしたいと思います
また高知生協にもこの話をしたところ、前向きに検討していただいています
高知生協の専務が四万十出身ということもあり、懇意にしていただいており、また今回生協活動において福島に職員を派遣しているという話を聞きました

少しのことからしかできませんが、皆さんの扱っているものや知り合いの方の商品を紹介いただければと思います
全ては扱うのは難しいと思いますが、やれることからやっていきます
今月末から「新茶フェア」において、この東北支援の物産市を広報していきます
そして年間を通して続けたいと考えています

「買って応援」
四万十から東北に元気を届けたい
よろしくお願いいたします
ありがとうございます。

◎皆さんへ
こんにちは
四万十ドラマの畦地です
この度は震災につきましては深くお見舞い申し上げます

鈴木先生に連絡をさせていただきましたが、高知から出来る支援をと考えました
まずは、私達が経営している「道の駅四万十とおわ」において「東北支援物産展」をやることにしました
このゴールデンウィークから開催し、周年コーナーを設けていきたいと思います

また、高知県内の知り合いの量販店等のトップにも話をしたところ、高知の一番店「サニーマート」の中村社長、そして高知生協の佐竹専務が前向きにこの活動を応援していただるようになりそうです
まずは、皆さんのところの商品を提案いただき、出来るものから対応していきたいと思います
現在、青森、岩手、宮城、福島の知り合いにも連絡をし既に提案もいただきました
こういったことからと考えています
連絡を取り合いと思いますので、よろしくお願いいたします
携帯でも結構です

四万十ドラマ
畦地履正
携帯 090-3183-3797

※ 多田さん、猿伊達さん、佐藤さん
四万十ドラマの提案に、少しでも一緒に取り組んでみませんか。
畦地さん、まず3者にメールで連絡を!
また、みなさん地元の知り合いがいればご紹介ください。
なお、多田さんは遠野で道の駅をしています。
全国の道の駅に展開できたらと思っています。

ニセコの片山町長、飯山の足立市長、韮崎市の福田副市長
ぜひご検討ください。
よろしくお願いします。

◎足立正則飯山市長
お世話様です。飯山市の職員がお邪魔しまして有難うございました。

市民からの義捐金はもちろん取り組んでますが、様々な形での東北支援はできる
かと思います。
まず、商売の立ち上がりを助けるということだと思います。アイディア勝負ですね。

道の駅で、災害支援としての商品販売も可能かと思います。現実的にどんな商品
があるのかお知らせ頂ければと思います。

また、「はがき商品券」を義捐金的主旨で、まとめて100枚とか責任を持って
預かり、売る方法も良いと思います。
むしろ、この方が一人当たりの金額も大きいし、現地でも現金が先に入るので立
ち上がりには良いかも知れないですね。

先生には、週末から東北被災地へ入られるとのことなので充分お気をつけて現地
お回りください。

まだまだ、余震が続きますので。

こちらも、13日に長野県北部で震度5強(木島平村、栄村)、飯山4で被害が
若干あり引き続き警戒中です。

来週、デザイン会議ですがよろしくお願いいたします。
また、その時東北現地の状況、支援のお話お聞かせ下さい。

◎国土交通省都市地域整備局の地方振興課半島振興室の宮嶋祐子さん
おはようございます。
半島振興室の宮嶋です。

いつもメールありがとうございます。
鈴木先生と、先生が結びつけている方々の
知恵の厚さと行動力に感服するとともに、力をいただいています。

以前お話ししました国家公務員の派遣には、
室の体制上、長期間抜けることができなかったため参加はできませんでしたが、
室長・大石補佐のお許しをいただいて、民間ボランティアとして、
先週3日(日)~7日(木)に行ってまいりました。

場所は、宮城県の小さな半島、七ヶ浜町です。
津波の被害はまさに悲劇。
多数の行方不明者と、大切なお家であったガレキの山を前にして、
それでも前を向かなくちゃと、カキ養殖のおばちゃんたちは微笑みました。

ボランティアに励む学生たち、
声を張り上げ遊ぶ子どもたち、
自分のことは二の次で働く役場職員、
たくさんの人に出会えました。

その活動報告をお送りします。
そこでは、島原ボランティア協議会の方々も活動していました。
半島は津波あり火山あり土砂崩れあり、危険な箇所がいっぱいで、
防災意識の高い人も多いと思います。

防災をしたい人たちにとって、周りの人を巻き込むには「楽しく」防災しないと
続かないので、日常の地域づくり活動と連動することは大変大事なことだと思います。

昨年度、初めて地域づくり活動の方々と接してきて、
つながりを作る地域づくり活動は、それだけで、
何もしないよりずっと防災につながると実感していました。

未だ経済活動とはほど遠い状況の中で、
先生のネットワークは、地域の「受援力」を大きくアップさせていますね。

◎檀將治さんから
ご連絡ありがとうございます。
私もGW中には現地で何かできればと思っています。
けれども、どのような手だてをとればいいのかわかりません。
寝場所や食事などどのような状態を保てばいいのか、
あてもなく行ってしまって、逆に迷惑にならにかなどと、
考えてしまいます。
現地に行かれましたら、のちにどのようにすればいいかをお教えください。
また、手許に健保提供の市販医薬品や衛生用品があるのですが、
どちらに届ければよろしいでしょうか
(遠野の教会でしょうか)。
また、これらの者はもう充足されているのでしょうか。
そのあたりもお教えいただければ幸甚です。
よろしくお願いします。

◎角谷諭三郎です。情報をありがとうございます。
お気をつけて行ってらしてください。

長岡に住む私の友人が、以下に書かれている活動をおこなっています。
http://ytr3320.exblog.jp/15779347/
http://ytr3320.exblog.jp/15713180/

私自身は、4月29日に震災復興応援のために行うファームエイド銀座を
手伝ってきます。

又、私が勤めている三菱商事では以下の取組を4月12日に発表しました。
4月23日から3泊4日、10名を1クルーとする社員ボランティアを
仙台に1年間を通して派遣します。私も応募しようかなと思っています。当面の
2ヶ月間は泥・瓦礫撤去等の力仕事中心とのことですご参考まで。

http://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/pr/archive/2011/html/0000012089.html

発表全文

2011年4月12日

東日本大震災復興支援基金を設立

この度の東日本大震災で亡くなられた方々、及び、被災された方々に対し、
心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

三菱商事株式会社(以下、当社)は、震災発生以降、当面の被災地支援として、
義捐金4億円、三菱自動車製電気自動車「i-MiEV」 30台、その他、緊急支援
物資の提供等を行なってきましたが、震災の全容が明らかになりつつあり、
復旧・復興に要する期間も長期に及ぶことが確実であることから、被災地の
復旧・復興支援に全社をあげて取り組むことを目的に、2015年3月末までの
4年間を対応期間とする「三菱商事東日本大震災復興支援基金(100億円)」
を設立することと致しました。

同基金を通じて計画している主な支援は以下の通りです(金額は4年間合計)。

① 義捐金等の寄附: 25億円
会社としての義捐金や人道支援(災害遺児支援・高齢者支援等)等。
② 緊急支援奨学金: 25億円
今回の震災で就学が困難となった学部及び修士課程の学生が対象
(年間500名×4年を予定)。
③ 被災者向け社宅・寮等の提供: 10億円
独身寮や研修施設、及び外部施設を借り上げて提供。
④ その他各種支援: 40億円
支援物資の寄贈、重機提供等のサービス提供、被災地における各種
復興支援他。

上記支援の他、社員ボランティアが10名単位でローテーションを組み、
現地ボランティアと協力して、作業を行ないます(年間で延べ1,200人
程度を派遣予定)。更に、被災した子どもたちとキャンプ等のイベントも行ないま
す。

尚、上記基金の設立にあわせ、当社全役員は、役員賞与の10~30%を
義捐金として拠出することと致しました。

被災された皆様が一日も早く平穏な生活を取り戻せるようお祈り申し上げる
とともに、今後も引き続き、当社として出来る限りの支援を行って参ります。
以 上

◎長野容子さんから
どうぞお気をつけて行っていらしてください。
ご報告もよろしくお願いします

その後、ドイツの知人から子供服を新品中心に6箱も集めたという連絡がありましたが
遠野はもう衣類は不要のようでしたので 他の団体を探しました。
テレビのインタビューなどで子供たちが「ズボンがほしい!服が欲しい!」と言っていましたが
(女川 第一小学校) 行き届くところ 行き届かないところがあるようですね。

また ドイツから義捐金振込先の問合せがありましたので
多田さんの海外向け口座の情報をお伝えしようかと思いますが よろしいでしょうか?
お伺い申し上げます。
あわせて 多田さんの翻訳つきブログを海外のSNSで流せれば、とも思っております。
取り急ぎ

◎井上さん@地域再生診療所
毎日お疲れ様です。
私は先々週に第一次の物資を送り出し、22日から自家用車に若干の物資を積み込み、高萩市、そしていわき市に入り、信州味噌を使った味噌汁の炊き出しをします。その後、田村市、二本松市、相馬市を経て、新地町、山元町、旦理町と海岸線を行く予定です。ただ余震続きでどこまでいけるか不明です。
現段階では岩手県まで行くことができず忸怩たる思いでいますが、LD研究会の皆様が支援に入っていることもあり安心しています。
菊池さんに少し休んでと言ってやってください。支援者が倒れてはこれから長い復旧や避難生活に支障が出ます。よろしくお願いします。

次回は仙台、石巻の仲間の支援に廻ることを考えています。
今回は私個人の全額出費であり自身の生活も考えつつ、政府等の派遣で復興支援に行けたらと思っています。

◎片山健也ニセコ町長から
 現地に行かれるとのこと、レポートをお待ちしたいと思います。
 私も統一地方選挙終了後にと考えております。
 ニセコ町内のホテルなども400名ほど三食付〔無料、当面5月10日まで〕
の受け入れで、北海道を通じ各被災県に連絡をしております。
 ヒラフ地区では、海外の皆さんがお持ちのコンドミニアムを冬シーズンまで1100名
分、原則無償受け入れで
の情報がきておりました。ただ、津軽海峡を渡ってまでの移動は、難しいものと考え
ておりますが、
依頼があれば、北海道からバスなどを出すこととなっております。
 ニセコ町には、現在10名の皆さんが南相馬市から避難されております。
 できる対応は、全てやることで諸課題に取り組んでおりますが、現地での混乱を思
うとき
には、動きも限られるのかと忸怩たる毎日です。
 
 今後ともご指導方よろしくお願い申し上げます。

<東日本大震災へのニセコ町の対策状況>

1 被災地に向けた支援
(1)被災された方々への義援金 【民生班、総務班】
●ニセコ町から3百万円(3月17日に議会で予算議決)を義援金として日本赤十字
社を通じ被災地へ贈ります。(送金手続済)
このほか、北海道町村会において道内すべての町村で協力し、被災3県へ総額1億5
千万円の義援金を決定しています。
●皆様からの募金は、役場をはじめ町内27箇所に募金箱を設け、ニセコ町共同募金
委員会及び日本赤十字社北海道支部ニセコ町分区の協力により、当面4月いっぱいま
で受け付けさせていただきます。

(2)生活物資の支援 【総務班】
●ニセコ米「とっておき舞い」1トン、おむつ344枚を3月25日に自衛隊倶知安
駐屯地から輸送いただき、被災地へ支援いたしました。このほかの支援も検討中で
す。

(3)民間ボランティア活動の支援 【総務班】
●ボランティア団体「災害救援ネットワーク」による支援物資の集積やチャリティー
バザーの実施(4月9日)に協力、支援を行い、今後もこうした取組みをサポートい
たします。
●上記にあわせ、支援物資を被災地に搬送する民間車両の通行証明書を役場で発行し
ています。

(4)役場職員の派遣 【総務班】
●北海道町村会における調整を通じ、6月以降に職員3名の派遣を計画しています。
 (家屋危険度判定職員2名、一般行政職員1名)

2 ニセコ町に避難された方への支援 【民生班】
 現在10人の方々がニセコ町に避難しています。(役場で把握している人数)
 今後も受け入れに対応し、当面の生活や医療、健康、教育などの相談を行ってまい
ります。

(1)滞在支援金の支給 4月6日より実施(~当面9月まで)【民生班】
●被災地域または避難対象区域からニセコ町へ避難し、長期に滞在予定の方を対象
に、生活支援としてお1人2万円の商品券(ニセコ町内の商店や飲食店で利用可能)
を支給いたします。
●また、ニセコ町滞在中は「被災者応援カード」の提示により、ニセコ駅前温泉「綺
羅乃湯」の入浴、町内循環バス「ふれあいシャトル」の乗車、体育施設などの公共施
設の利用などがすべて無料で利用いただけます。(関係各課等において漏れのないよ
う対応ください)

(2)住宅支援金の支給 4月6日より実施(~当面9月まで)【建設班】
●被災地域または避難対象区域からニセコ町へ避難し、民間住宅等に居住される方を
対象に、住宅支援として1世帯月額3万円(6ヶ月以内)を限度に支給いたします。
●また、居住に伴う上下水道料金、ごみ処理料金は全額免除いたします。

(3)宿泊と食事への支援 4月6日より実施(~当面5月10日まで)【情報広報
班】
●被災地域または避難対象区域からニセコ町へ避難された方を受け入れたホテルなど
の宿泊施設に対し、災害救助法を適用した避難所として北海道が借上げる仕組みを適
用いたします。
●あわせて、滞在される方に、昼食代として1日あたり5百円の商品券(ニセコ町内
の商店や飲食店で利用可能)をお渡しします。

◎川畑さんから
いつも貴重な情報をお送りいただき、ありがとうございます。

今回も食べる事の大切さがクローズアップされていましたが、このような時こそ私のような者が現地に赴かなくてはいけないはず…と強く感じていながら、日々の生業に追われ、行動に移せずにいる自分が情けなくて仕方ありません。

今は無理でもいつか何らかの形でお役に立てることがあるはずだから、と言い訳めいた事を考えておりますが、いつ何ができることやら…、もし先生が現地をご覧になり、私にできる事の欠片でも目にされましたらどうぞご連絡下さいませ。

さて、青菜は日持ちせず捨てることもあるとのお話しでしたが、もし何らかの熱源があれば、新鮮なうちに片っ端からゆでておくと劣化は防ぐ事ができます。
青菜に限らず野菜は全て同じです。
火さえ通しておけばどんな料理にもポンと加えられるので(味噌汁でも炒め物でも、サラダでも何でも)食べ手さえいれば絶対無駄にはなりません。

もし、塩が手に入るのであれば、葉物なら3%、根菜なら5%程度の濃い食塩水でゆでておけば、結構味が入るので、そのまま食べても十分おいしい。

とにかく野菜は入手したらなるべく早くにゆでてしまうと、捨てることはまずなくなると思います。

このぐらいの情報提供しかできず、申し訳ありませんが、取り急ぎお伝え致します。
追加として、3%塩水は1リットルの水にカレー用のスプーンで2杯程度の塩、5%であれば3~4杯の塩を加えればOKです。

◎神田@黒潮実感センターです。
現場に行かれるとのこと、大事なことだと思います。
気仙沼の畠山さんにくれぐれもよろしくお伝え下さい。
何かできることがあればさせていただきます。
畠山さんには昨夏四万十の大正でお会いして色々とお話ししました。
では失礼します。


※最後までお読みいただき、ありがとうございました。

東日本大震災 情報共有 2011.4.14

遅くなりました、2011年4月14日の情報共有です。
また、みなさんの動きをネットワークしていたら、多くの枚数になりました。
申し訳ありません。
メールはいらないよということであれば、言ってください。
配送中止にいたします。
また、私(鈴木)は、16日から18日まで現場に行きますので、その間はメールを読むことができないかもしれません。ごめんなさい。
◎4月16日(土)から18日(月)に、現場を見せていただこうと、猿舘さんや佐藤さんにお願いしました。
やはり、現場を見て考えないとだめです。

猿舘さんがいま見て置かないと後悔しますと言われ、ぐさっと心に刺さりました。
多田さんも、東北の現状を、いま見てみなさんにも伝えてください。
ローカルデザイン研究会のみなさんの励ましや支援は、本当にありがたい、心から思っているよ。
ここまで頑張れことができるのは支援してくださるみなさんの力だよ。
いま被災地を見なきゃ、駄目だよ駄目だよと、何度も何度も言いました。
行くきっかけになったのは原研哉さんの誘い、いまいかなきゃ駄目だよの言葉、心から感謝しています。

大学や仕事が忙しい、また現場に行けば、みなさんに迷惑をかけるなど、考えていましたが、現場主義の私が行かなければウソになります。猿舘さんや原研哉さんからいわれ、反省しております。

現場を見なければ、きめの細かい対応ができません。
はがき商品券や今後の支援も、いまみなさんが活動しています現場やお話を現地で聞かせてください。

チケットがやっと取れました。
本当に大変です。
16日(土)は、JAL4747便 東京羽田11:20-いわて花巻12:30
(JAL4745便 東京羽田9:30-いわて花巻10:40 キャンセル待ちをしています)
18日(月)は、JAL4748便 いわて花巻13:10-東京羽田14:20
これで行きたいと思います。
みなさん、大変お忙しいとは思いますが、少しでも時間を作ってください。

原さんは会社の仲間と4人で、16日、東京-福島(新幹線)-仙台(特急)-(レンタカー)-花巻で合流。
変更があるかもしれません。
帰りは、17日、逆コースで帰路を考えています。
スケジュールが大変です。

それから16日は、花巻-遠野-釜石など-遠野泊り(夜、多田さん、菊池さん、猿舘さん、いろいろ聞かせてください)
17日は、遠野-陸前高田-気仙沼など-一ノ関泊り(夜、佐藤さん話を聞かせてください)
原さんたちはそのまま帰路です。

以上のような予定をしていますが、みなさんが支援をしています現場は、ぜひ見せてください。
猿舘さんには、スケジュール調整をお願いしています。
気仙沼の畠山さんにはお会いし、お話を伺えるように、佐藤さんに案内などお願いしています。
お二人には、本当にご迷惑をおかけしますが、お会いできいること楽しみにしています。

また、遠野市長は知っていますので、敬意を表してお伺いします。
なお、長澤さん、陸前高田は様子を見てきた方がいい人がいれば、教えてください。

以上ですが、何かアドバイスなどありましたら、お願いします。

◎多田克彦さんのブログから 
東日本大震災 最前線レポート 4/10
4月10日釜石、自立支援センターに激励に行く。到着するなり、午前中から私が来るのを楽しみにしていたと何人もの人から聞いた。焼肉パーティーができる、おいしい食べ物をもってくる。この”食”のおいしさが命をつなぐのです。

東京から続々と30歳前後の人たちが応援に駆け付けています。朝から夕までガレキ除去、今道路の端にうず高くガレキが積まれています。県内のトラック運搬車を探して、このガレキ撤去をしようと思ったが、1台もあいていません。時がくるのを待ちましょう。

さて、集会室は汚水を取り去った後、新しくジュータンを敷き、全国から届く物資をきれいに並べていました。野菜や米も届いていて、それぞれがほしいものを求めてきています。
午後5時から待望の焼肉パーティー。総勢30名のスタッフとボランティアが自家製(20種の薬味、果物、しょうゆ等を入れたもの)のタレで思いっきり7kgの肉と5kgの野菜をたいらげました。

ボランティアは寝袋と食べ物を自分で持ってくるのが原則と言われましたが、6泊7日、風呂もない生活。農夫である私だって夕には風呂に入る一時を持ちます。食事はどうしてるのですか? 「テーブルにあるものを食べてます」毎食ですか? 「そうです」 支援センターにある野菜、コメ、みそ、これら材料をみて、おいしい献立をつくれる人、とても必要としています。

〇東日本大震災 最前線レポート 4/12
「命を支えるスープ」

食は力です。東京千代田区で料理教室を主宰する柳谷晃子さんが森岡さんとベトナム人のトゥイさんをサポ―ターとして遠野・釜石へ駆けつけてくれました。自動車で8時間運転し、午後3時遠野着。午後5時より100人分のスープ作り。塩豚と豆のスープ。ジャガイモ、ニンジン、セロリを煮込んだボンファムというスープ。そしてボランティア・スタッフ60人分のミートソーススパゲティを午前12時までかけて仕込みました。4月12日釜石へ配送し、避難所になっている千寿院でカセットコンロであたため、熱いスープを60人に提供しました。1日2食(午前10時と午後5時)にどうしても欠けるのが、熱いスープとみそ汁。避難されている方々に感謝されました。

自立支援センターに新しいボランティアが入ってこられ、総勢26人。毎日ガレキ除きと炊き出し調理の手伝いに全員出ています。
夕食午後6時、食堂は合宿所の夕食風景です。大なべにスパゲッティ―とミートソースをからめ、皿に各自取り寄せ、その上にチーズの粉末をかけて食べる本格派料理でした。

調理するスタッフが不足しています。食材を生かす人がいないため、葉物野菜は捨てることもあり、もったいない気持ちです。神は細部に宿ると申します。ありとあらゆるものにいのちの呼吸を感じる。全てのものを活かすことがこういう時はとても大事です。4月12日より食の力を釜石へプロジェクト、スタートしました。
一番破壊力を目にしたところです。

※多田さんをしても、釜石に行くと、体がまいるほどすさまじい。毎日はいられないくらい、消耗するのが現実だよ。テレビなんかじゃ、分からない、現場はすごいよ、と話してくれました。

〇ローカルデザイン研究会の支援金の振込先です。
1)ゆうちょ銀行からお振込みいただく場合
 株式会社ゆうちょ銀行
 記号    番号
 10130  30130761
 名義 サイトウテツヤ(齊藤哲也)
2)他の銀行からお振込みいただく場合
 株式会社ゆうちょ銀行
 店名(店番) 種目     口座番号
 018(ゼロイチハチ) 普通預金  3013076
 名義 サイトウテツヤ(齊藤哲也)
ローカルデザイン研究会ブログ http://ameblo.jp/ldken/
これまでの情報共有のブログ http://ldken.blogspot.com/

◎戸矢晃一さんから
鈴木さんのメールを踏まえる、次のようになると思いますが、
これでどうでしょうか?

・「はがき商品」のキックオフは5月13日のLD研究会として、(できるだけ)この日を目指して進める。

・4月22日は、ごえんカンパニーさん、アール・ピー・アイさんなど、関係する方々が集まり、顔合わせをしたうえで、これまでの経緯を確認しながら詰めていく。

 ミーティングは22日(金)16時30分に女性と仕事の未来館(→この4月から「女性就業支援センター」に改称)の2階のカフェで行いたいと思いますが、みなさんのご予定はいかがでしょうか。
http://www.miraikan.go.jp/access/index.html
 議論は鈴木さんが来る前にもすすめ、あとでご報告します。
 22日(金)にみなさんの都合が悪けれれば、前日21日に変更することも考えます。

・猿舘さん、多田さん、佐藤さんには、商品を、4月いっぱいを目処にまとめていただく。
もちろん、早くできている分にはそれでも結構です。

・デザイン、イラストなどについては、22日に整理し、改めて梅原さん、臨機応変に村井さんにお願いすることもある。

〇RPI長澤さんから
22日(金)16時30分~女性就業支援センターでのM.Tの件、私は大丈夫です。
実務面の詰めをしましょう。

鈴木先生の改正案、山口さんの追記をもとに、実施に必要な事項・ツール等を、
事業実施者向けと支援者向けに分けて整理していきます。
①支援者に対するチラシの原案(デザインはなし、記載項目と内容)
②販売協力者等の事業参加・協力者向け事業説明チラシ(同上)
③事業実施規約(多田さん達がどのようにして対応するかの共通事項をまとめたも
の)
どうぞよろしくお願いします。

〇ごえんCO.の山口です。
体調不良によりレスポンスが遅れてしまい申し訳ありませんでした。
22日の件、承知いたしました。
私は最初から参加可能です。他のメンバーも都合がつく限り、つれていきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

◎戸矢さんから
「文藝春秋」5月号に畠山重篤さんが3月下旬に書かれた原稿
「気仙沼 蝋燭の光でこの手記を書く」が載っています。

○世嬉の一酒造株式会社の佐藤 航さんから 4.12
仙台の内陸(折立団地)も地すべりで大変な様子でした。
塩釜は比較的大丈夫でしたが、どちらもいまだガスが通っていない状況でした。

さて、畠山さんの住所等ですが、下記の通りです。
住所:宮城県気仙沼市唐桑町西舞根133-1
有限会社 水山養殖場 畠山 重篤
TEL:0226-.32-2174
FAX:0226-32-3269
E-mail:mizuyama@lily.ocn.ne.jp

◎世嬉の一酒造株式会社の佐藤 航さん
この度はありがとうございます。
岩手に来られるとの事、嬉しく思います。
先日仙台空港も開通したようです。予約が取れるかわかりませんが・・・

ハガキ商品券の件ですが、皆様からのご提案本当に嬉しく思います。
商品内容は下記の通りです。
第一弾として二種類でお願いします。

内容は
酒のセットは、
商品内容として
・純米吟醸吟ぎんが 720ml 1本
・特別本醸造「ありがとう」 720ml 1本
・今年の酒粕 500g
・季節の野菜セット・・・季節によって変わります。
(季節ごとに野菜がかわります。春は野草がおもになります)
・女将による料理の仕方説明書
・当社スタッフから手紙と商品説明書

ビールセットは、
内容は
・いわて蔵ビール 330ml×4種 各1本計4本飲み比べ
・一ノ関ミートさんのソーセージ 5種 10本
・季節の野菜セット・・・季節によって変わります。
(季節ごとに野菜がかわります。春は野草がおもになります)
・女将による料理の仕方説明書
・当社スタッフから手紙と商品説明書

当社の商品に関しての御問合せ等は下記の住所と電話番号です
世嬉の一酒造株式会社
〒021-0885 岩手県一関市田村町5-42
TEL:0191-21-1144 E-mail:staff@sekinoichi.co.jp
担当 佐藤 航(わたる)or土岐政彰

また、商品の発送に関してですが、皆様に大変ご心配をおかけしているようで、本当にありがとうございます。
当社としましては、似たような内容で実際に今も運営していますので、個別発送、送料込みは全然問題ありません。
現在、当社が行って物は大手の百貨店からメール等で毎日注文が来て、蔵元直送便として毎日全国に商品を発送します。
正直、間に百貨店、大手卸業者(ペーパーマージンだけですが)が入るため、
大体お客様へ5,000円の商品をお届けするのに半額以下の当社からの出荷価格になります。
今回のはがき商品券は、私どももきちんと利益をとったとしても、
お客様の喜ぶ商品を作成できますし、
本当に親戚になってもらうつもりで、いろいろサービスできればと思います。
仕組みとしては、既存の仕方でやれるので本当に助かります。
何卒よろしくお願いします。
※航さん
お世話になりますが、よろしくお願いします。
また、はがき商品券、みなで知恵を出していいものにしましょう。
必ず復興してください。

◎こんにちは、百々(もも)といいます。
震災では心が傷む想いをしており、僕らができる小さいことを「みえる化」してサービス提供をしようと「てヲとる」というプロジェクト*をやっており、その中で鈴木先生の「ローカルデザイン・ハガキ商品券」をWEBにて販売させていただきます。

てヲとるでは、特に家族経営でなさっている事業者の方とそれを支える人たち(サポーター)のちいさなコミュニティを作ることによって、支援のお手伝いをするとう活動しています。
その中のひとつに、生産物あるいは限定加工品の予約販売・予約プレゼントというソリューションも提供しますので、ハガキ商品券プロジェクトも含め色々お手伝いをさせてください。

実は、友人の醸造所や地域活動している先に関係する畜産/農家さんも被災しており、醤油や酒の樽ごと予約販売も予定していましたが、ハガキ商品券もおすすめしてみようかと思ってます。(鈴木先生、よろしくお願いします)

大変な状況かと思いますが、美味しい酒を作っていただいて、是非僕たちを愉しませていただきたいと想っています。
よろしくお願いします。

もも

PS.  *てヲとるプロジェクトとは
小さなコミュニティが特定された被災地や産業、事業主を応援し、支える。小さなコミュニティは当該応援対象との(インターネットやリアルの)コミュニケーションを通じて、小さなアクション(情報発信、募金、応援パーティ、ボランティア参加等)を継続的に起こしてもらうことを一番の目的としている。

専用のサイト(ホームページ)が今月末を目処にオープンします。

◎岩手県八幡平市商工会の滝沢勝美さんから 090-2795-1822

おかげさまで、大船渡の小学生向けにランドセル120個を
4月2日に届けてきました。
物資など物によって、また場所によっているもの、溢れているものなど
有るようでした。
私の住んでいた大船渡三陸町おきらいの写真とおきらい小学校今野校長と
写した写真を添付しました。
ランドセルは、安代小学校や盛岡東太田小学校、盛岡鉈屋町のボランティア
団体SAVE IWATEさん、橋本征子さんの協力でした。ありがとうございました。

本日、そのおきらい小学校の校長先生から相談を受けた片山製材所の片山秀樹さんから
電話があり、次の物が不足しているとのことでした。
県の教育委員会も現状ではその物資まで手が回らないようで
心当たりがある方は、メールをお願いします。

不足しているもの。
学校で使う先生用の椅子、机、書庫、キャビネット
(おきらい小学校は、全部流されたようです。)
子供たちが使う、音楽の楽器(太鼓とか)
すいませんが、宜しくお願いします。

※ みなさん、机など事務用品や、廃校になったところの備品はないでしょうか?

◎岩佐洋介さんから猿舘さんへ 4.12
いっぱいの花が咲き誇るちょっと遅い東北の春の景色を、一日も早く元に戻したいですね。
その日が早く来るように願っていますし、実現するために少しでもお手伝いできれば幸いです。
菊地さんではないですが、いまやらなければいつやるのかという気持ちで、できることをひとつずつやっていこうと思います。
頭でっかちで考えていることも多いかと思いますので、またご意見をお聞かせいただくと思います。
今後義援金を直接送金させていただいてもよろしければ、銀行口座をお知らせください。
南部美人美味しかったです。ぜひ美味しいお酒を紹介してください。

〇岩佐 洋介さんから鈴木先生へ

ありがとうございます。
私の呼びかけに賛同してくれたさまざまな人たちがいます。
わたしのできる範囲で、この輪を広げていければと思います。
また、ぜひ一度現地にお邪魔したいと思います。

◎穀平味噌 小山洋史さんから
こんにちは、いつもメールありがとうございます。

早速ですが、小布施町では以前よりお付き合いのある大船渡市に先日2回目の支
援物資をお届けさせていただきました。
その折りに弊社味噌もお届けさせていただきました。

多田様の方にもと思い連絡をお待ちしていましたが、また必要な時にはご一報ください。
先ずはとりいそぎ。

◎ナグモデザイン事務所の南雲勝志さんから
いつも情報提供ありがとうございます。
共有するために掲示板へ書き込ませて頂きました。

今日も頑張って下さい。
応援しています。

※ ありがとうございます。
お願いすることがあるときはよろしくお願いします。

◎南雲勝志さんから
了解しました。

鈴木さんの報告の中に世嬉の一酒造株式会社の佐藤航さんの報告を読みまして、
実は個人的には何度かお世話になっていましたので、連絡をして見ます。

また宮本常一さんの本は僕も好きでよく見ていたものですから、
ぐっと来ました。

◎パイロ エンタープライズの三好 一美さんから
いつも情報をありがとうございます。
22日は先約あって伺えないのが残念です。

NPO遠野山里ネットにおつなぎいただいたおかげで、本を送るプロジェクト第一弾が完
了しました。
http://ameblo.jp/jewelryreform/theme-10019081605.html
ありがとうございます。

また、私の開催する氷川会という勉強会でチャリティーを行い、56,500円が出来まし
たので、本日お振込みいたします。
寄付名義は、氷川会(三好一美)でお願いできれば幸いです。
http://ameblo.jp/jewelryreform/theme-10019880430.html
NPO遠野山里ネット、多田さんの活動に使っていただけたら嬉しく存じます。

どうぞよろしくお願いいたします。

ダンボール16箱が遠野市災害対策本部運動場に到着!!
総数600冊以上、段ボール16箱が、皆さまからの応援メッセージと愛を載せて、「NPO遠野山・里・暮らしネットワーク」の荷受場所となっている遠野市災害対策本部の運動場に到着しました!!


7日深夜の大きな余震による停電で遅れてしまいましたが、山里ネットの浅沼さんからのメールには以下のように書かれていましたので、ご協力くださった皆さまにシェアいたします。

7日(昨日の停電のため連絡遅れました)、
遠野の物資集積所にて、お荷物の確認をいたしました。添付のお写真の通りです。
この週末、大槌と言う地域の避難者の出来る限りの詳細な調査をいたしますので、
調査をしながら、またニーズを把握してから配らせていただきます。
ある避難所では図書コーナーが出来ており、やはり大人の方の方が手に取られている感じがしました。
児童書はこれから再開する学校・授業の教材として、需要が出てきそうです。
本当に、ご支援に感謝いたします。

第二弾については、ただいま現地と調整中です。
また追って、ご協力のお願いをさせていただきますね~

4月2&3日、そして4月6日の発送日にお手伝い下さった方々からは、本の支援の他にも、ダンボール箱調達、運送費等々への支援金を頂戴しました。
深く感謝いたします。

◎ドイツの池田さんから

以下のようなイベントをやることになりました。
フライブルク大学の日本人留学生が企画したものです。
集まったお金は、多田さんの口座に振り込みます。

〇池田さんへ
チラシが出来たので添付します。
プロジェクターですが、配線が短いのでパソコンはこちらの誰かが操作します。もし池田さんが
リモコンを持っているようであればそちらでお願いします。

当日の時間配分ですが、まずこちらから今回の会の説明を軽くします。
その後で池田さんから募金の件をみんなに説明して頂いて、
講演を45分~1時間くらいしてもらいます。
後の時間を質疑応答にしたいと思います。

会の後は近くのKneipeで懇談会を予定しています。

よろしくお願いします。
まさし

以下添付したものと同じものを貼り付けます。


池田さん講演会(4/20)のお誘い        2011.04.12.
みなさんこんにちは、

 東日本大地震が発生してか早くも一カ月が経ちましたが、被災地ではまだまだ大変な生活 を余儀なくされていてとても心苦しく思います。原発の問題に隠れてしまわないようにしっかりと応援していきましょう。さてみんなが今一番注視していることの一つに原発事故があると思います。今回こ のような大きな事故が起こり、今後いったいどのように事態を収束させられるのかという見通しはもとより、福島原発の周囲に住民が帰って来 れるのか、ということさえも分からない状況です。今回の事故でたくさんの人が "原発は危ない" ということを強く感じたと思いますが、その一方で原発がなけれ ば電力がまかなえないんじゃないだろうか? と思っている日本人は多いかもしれません。そこで、先日の村上敦さんの講演に引き続き、フライブルク近郊在住の環境ジャー ナリストの池田憲昭さんに原発についてお話していただくことにしました。今回のテーマは『地域経済と再生可能エネルギー』です。質疑応 答、討論の時間も長めに取ってありますので、みなさんの最近の原発、再生可能エネルギーに関する疑問を持って参加してください。どうして 原発は不要なのか、原発なしでやっていけるのだろうか、など色々な視点から原発をもう一度見ることができると思います。なお前回と同様に募金も集めます。集まった募金は池田さんからご紹介のあった多 田自然農場(岩手県遠野市)の多田克彦さんの被災地での活動のために寄付します。よろしくお願いします。(ご案内:GLS BankのZukunftsstiftung Entwicklungshilfeという基金の口座に日本の被災地での再生可能エ ネルギーの促進のための募金が出来ます。詳しくはÖko-FreiWilligの及川までお尋ねください。)

開催日時と場所l 4月20日(水) 16時30~19時l Treffpunkt Freiburg にて Schwarzwaldstr. 78d
79117 Freiburg
最寄りの駅はトラム1番のAltermessplatzです。ALDI やREWEが入っている建物の一画で、入り口は大学図書館(UB1、Stadthalle)側にあります。
l 主催:環境問題について学ぶ会Öko-FreiWillig

〇北海道清里町 古谷一夫さんから
 清里町や私たちグループの動き、お伝えします。
①公的な住宅の受け入れ準備のほか、ホームステイ形式での
 受け入れの受け皿ができました。資料添付します。
②町(庁)内の情報共有をおこなっています。オールオホーツク
 の動きもでてきました。最前線レポートを活用させていただい
 ています。
 ①については、受付票も添付していますが、情報の発信
 ベースを今月中につくりたいと思っています。

2011.4.13 総務課企画財政G
東日本大震災にかかる清里町対応情報提供4

1. (仮称)「オホーツク絆プロジェクト会議」(東日本大震災に対する支援会議)が発足します。
・ 4月11日に開催されたオホーツク管内3市長と町村会正副会長の会議で、被災された地域や住民の方々にオホーツク地域独自の支援を行うことが確認されました。
・ また、具体的な支援を実行するためオホーツク管内18市町村とオホーツク総合振興局で構成する仮称「オホーツク絆プロジェクト会議」が設置され、4月15日に第1回会議が開催されます。
・ プロジェクト会議の委員は、3市及び清里町、置戸町、雄武町の各担当課長と総合振興局地域政策課長により構成されます。
・ プロジェクトの実行に当たっては、管内商工会、観光物産会、農協、運送会社等への協力要請が行われます。
・ 具体的な実行案としては、オホーツク地域の特産品等の物品を被災地に送り届ける、また現地でオホーツクの食材を調理し提供するなどが示されており、5月中には第1回目の実行プログラムが予定されていますが詳細は今後の協議によります。

2. 北海道(オホーツク総合振興局)での支援物資の受け入れは休止
・ 道では各市町村や団体、道民からの支援物資の受け入れを行い、自衛隊の協力を得ながら宮城県へ搬送提供を行ってきましたが、現地での受け入れ施設が満杯になるとともに
  交通網の整備により本州内での物流が確保されたことを受け、宮城県からの申し入れにより全面的に支援物資の受け入れが休止となりました。

3. 現地情報について
・ ここ数日、被災地では最大震度6となる余震が頻発するとともに、原子力安全・保安院は福島原発事故について国際原子力事象評価尺度の暫定評価を最悪のレベル7(深刻な事故)に引き上げるなど不安が増しています。
・ 震災発生1か月後の、被災地(岩手県)からの現地報告を資料として掲載します。

*議会議員並びに各行政委員、関係団体の皆さんへの情報提供をよろしくお願いします。(総務課長)
資  料
◎東日本大震災 最前線レポート 4/9【岩手県】

今日、遠野・釜石は雨。雪から雨に降るものが変わる季節となった。ふきのとう、福寿草、アサツキが芽をだし、花が開いてきた。春が来たのだ。
4月7日の余震は停電をもたらし、4月8日一晩釜石の自立支援センターはロウソクを灯し、その中で夕食をとったと連絡あり。4月9日朝ボランティア隊は13名が帰る。講堂には7日に届いた物品がきれいに並べられ、「まるでショッピングセンターのようだ」という評判だ。
被災された方々が喜んで物資を選んでいる。これが口コミでひろがり、続々と来てくれる。
確かな味を作る方の長野県松本市、大久保醸造よりソバつゆと味噌を大量に支援品としていただきました。来週より自立支援センターでソバ、ウドン、味噌汁をふるまいたいと思います。
4月11日よりスタートする「食の力を釜石へ」プロジェクト。地元の食材と東京から馳せ参じる料理人とのコラボレーションです。
4月11日より第二次ボランティア10人受け入れします。確実に自立に向けた動き、釜石は動いています。

宮本常一さんの本「日本の村・海をひらいた人々」の中に、次の言葉が綴られていました。
「日本という国はよく大きな地震があったり、大きな風が吹いたり、雨がふったり、また、ききんがあったりして、人々はそのたびにいためつけられることが多いのですが、そのようなこんなんにもまけないで、貧乏なくらしのなかに、はげしくはたらきつつ、時には失望もし、あらそいもし、また、人をおとしいれるようなことをしつつも、この世を少しずつ住みよいものにしてきました。私はそれをとうといものに思います。」

※古谷さん
ありがとうございます。
また、みなさんにもお知らせします。
これからもご支援頼みます。
現地のみなさん、お役にたてばいいですが。

※長い文章を最後までお読みいただき、心から感謝です。
ありがとうございました。