2011年8月22日月曜日

東日本大震災 情報共有 2011.8.22

久々の情報共有です。2011.8.22

〇まず、株式会社 ごえんカンパニーの代表取締役の山口八重さんからの情報です。
はがき商品券の現在の状況は以下の通りです。

・販売状況・・・7月末時点で三事業者合計、約400枚

・委託販売、PRのご協力
【北海道斜里郡清里町】7月24日オホーツクマルシェin網走で特設ブースを設置し、PRにご協力いただきました。今後も以下の通りPRにご協力いただきます。
・7月31日 きよさとふれあい広場(前回分で対応できます)
 ・8月20日、21日 北大マルシェ
 ・9月3日 きよさとふるさと産業まつり
 ・9月9日 興部マルシェ
 ・9月未定 紋別マルシェ
 ・10月10日 北見マルシェ(オホーツクビール)

【高知県幡多郡黒潮町】毎月第2日曜日に行われる海辺の日曜市で販売にご協力いただいております。
http://www.town.kuroshio.lg.jp/event/umibenonitiyouiti/

【三重県熊野市】毎年開催される和太鼓のイベント「響鼓in熊野」の東日本大震災支援ブースで販売にご協力いただきました。(ブースの様子は添付写真をご覧ください。)
http://kyoko-in-kumano.jimdo.com/

【熊本県人吉市】東日本大震災チャリティーコンサートでご紹介いただきました。
http://ameblo.jp/himawari-tei/entry-10975160983.html

【毎日新聞】7月29日夕刊で「はがき商品券」の取組をご紹介いただきました。(記事を添付いたします。)

【雑誌】rakra最新号で「はがき商品券を」ご紹介いただきました。

【その他】毎日新聞をご覧になった方(匿名とさせていただきます)から、亡くなられたお父様のご遺品の官製はがき500枚をご寄付いただきました。
はがき商品券の発送、各種ご連絡に際に利用させていただきます。

・現地の状況
三事業者さんとも完全に落着きを取り戻し、平常通りお仕事をなさっています。
一方で世嬉の一の佐藤航さんのご学友のご紹介で岩手県庁の方をお話しする機会をいただきました。
放射性物質に関する風評被害が食肉を中心にでているようです。
沿岸地域以外の地域でも二次被害(観光客の減少や原発事故の影響)が出ており、岩手経済への影響は小さくありません。
8月25日に岩手県の事業者が集まる会合に出席し現在の様子をヒアリングし、はがき商品券のような取組への期待の有無を確認して参る予定です。
「はがき商品券」の取組がもっと多くの事業者の方へ広まるように、その良さを事業者の方にもPRしていきたいと思っています。

〇(株)RPIの長澤さんと丸木さんからの陸前高田市視察レポートです。
◇日時:平成23年8月6日(土) 9:30~12:00
◇訪問先:陸前高田地域振興株式会社 物産振興課長 佐藤忠弘氏

今年の3月上旬、陸前高田市の食品事業者達と今後の食産業の振興について話しあっていた。その一週間後に東日本大震災が起こった。幸いにも知り合いの方々やそのご家族は無事であった。ようやく電話で話ができたときは、ホッとした反面、何を話してよいものか、どのような言葉を使ってよいものか迷い、ぎこちない会話となったことを思い出す。
自分一人では全く力になれない事を知りつつ、早く現地を訪問し、自分の気持ちを落ち着かせたいと思っていた。ようやくその機会に恵まれた。陸前高田地域振興株式会社の佐藤氏の案内のもと、駆け足で市内を巡った時の状況を報告する。

佐藤氏とは、横田地区にある産直施設である川の駅よこたで待ち合わせをした。ここは海岸から内陸に車で10分ほど入ったところで、津波の影響がなく、既に地元のお母さんたちが作る加工品が売られていた。花巻から向かう道中も震災の影響があまり見えず、市内の内陸部は、表向きは日常を取り戻しつつあったように感じた。佐藤氏が勤務する陸前高田地域振興株式会社は第三セクターであり、道の駅等を運営していたが、その道の駅は躯体を残すのみとなっている。今は事務所を横田地区に移し、事業を再開している。ただ、食品事業者の多くは再開できておらず、売る商品がほとんど無いのが現状である。一方で、一部の事業者は内陸部と協同で加工や委託製造に取組むなど、明るい兆しもある。
さて、気仙川の脇を車で下り市内に近づくと、徐々に震災・津波の爪あとが見えてきた。道端には酔仙酒造のタンクが転がり、津波で破壊された車が空き地一杯に並んでいた。その光景の中、山車を引く人々がいた。翌日に開催した「けんか七夕」の前夜祭であったのだろうか。約900年続いている伝統的なこの祭りは、地元の人々の力により開催されたことを後の報道で知った。

市内の高台の一角には、プレハブやコンテナによるスーパーや携帯ショップ等ができており、生活がどうにかできるようになりつつあるとのこと。仮設住宅の建設も進んでいるが、まだまだ避難所暮らしを強いられている人たちは多い。佐藤氏いわく、「一番かわいそうなのは、子ども。野球をやるのにも、瓦礫を取り除いた空き地。早く子どもたちが元気に暮らせるようにしたい。」とのこと。

草木の緑があったせいか、3.11直後の映像にあった荒涼とした雰囲気は強く感じなかったが、「昔の街の様子を知らない人が見ると、なんとなく、こんなものかと思うかも知れない。だけど、ここにも、あそこにも家があった」と聞くと、3.11の一週間前に酔仙を飲み明かした店やその街並みを思い出した。
沿岸部には瓦礫の山が散在しており、内陸部へのトラック輸送を考えると、いつ目処が立つのか分からない。まだ復旧段階である。

外部からの支援や復興に向けた様々な提案が陸前高田市にあるようだが、現時点では次を展望するためのグランドデザイン(土地利用や生活基盤等の姿)がないため、受け止めきれず、また消化不良を起こしているようである。我々も、何かの助けになればと思い助成金等のご紹介に行ったが、現地とのギャップを改めて感じさせられた。しかしながら、佐藤氏は我々と一緒に前向きに検討してくださるとのこと。小さくとも力強い活動や思いが遠くないうちに花開くことを願うばかりである。
もう5ヶ月。たかが5ヶ月。
来年、再来年も今と同じように、現地を思う気持ちを持ち続けることが我々にできることであると感じた。肝に銘じたい。
(文責:RPI丸木)

〇最後に鈴木からの「南相馬市」の情報です。

7月26日、ハウジングアンドコミュニティ財団の助成団体・福島県南相馬市「朝日座を楽しむ会」を、横浜国立大学の高見沢実先生と財団の大内朗子さんでお訪ねしました。
建設から84年たった、地域の人の愛着にある劇場(現在は映画館)「朝日座」は、幸いほとんど被害はなく無事でした。
ただ、案内していただいた海に近い地域は、壊滅状態で、海岸からかなり離れた地域に、海の中のテトラポットがアート作品のように、いくつも見事な自然の作品のようで、いまさらながら津波のエネルギーに驚きました。もちろん、この地域の家はすべて何もなくなっていて、海岸から離れた地域においてでも、漁船が田んぼ(いま田んぼは稲が作れませんので荒れています)にいくつも残っていたり、少し高いところでも、家はそのまま残っていても、津波で家内部が破壊され、カーテンなどが風でひらひらしていたのが、本当に物悲しく見えました。

また、福島第一原発20km圏内の境界は白いテープが引っ張ってあり、向こう側は市民が退去し、こちら側では普通に人が住んでいます。道路の境界線では、警察官がパトカーのそばに立っていて、ただならぬ気配がしました。その雰囲気だけで、見えない怖さが背筋を走りました。また、帰りに、飯舘村を通過しまいたが、ここは不通に村の中を車は通れますが、退去地域で無人の地域となり、家にはカーテンが引いてあり、田んぼも畑も荒れていて、ゴーストタウンの静けさがいまも心に悲しさとして残っています。
一方で、南相馬市は、7月中には市民に戻ってくるようにと宣言し、街は少しずつ活気を取り戻していくような気がしました。しかし、原発の事故はまだ解決していないし、放射能の影響も目には見えないだけに、市民の多くはこれからどうなるだろうと心配しているとは想像しましたが、意外と普通の暮らしが存在していました。

茫然としているわれわれと違って、朝日座を楽しむ会の山城雅昭さんと小畑瓊子さんは、本当に落ち着いて、朝日座を案内してくれました。また、会では7月には「いつでも夢を」の映画会を行い、100人以上の市民が鑑賞し、大きな励みとなったそうです。夏休みは子どもたちが県外に行き、秋には帰ってくるので、映画会を行いたいけど、ただの映画会では来てくれるかどうか。だれか有名な役者さんが来ていただけると、みなさんお励みになると思うのですが、誰かいませんかねと言われました。私はすぐに、スクリーングパッドの農業ビジネス学部(山口八重さんは4期生)の学部長で、役者の永島敏行さんを思い浮かべました。小畑さんらに永島さんはどうですかと尋ねましたら、すぐに「農業や朝市で有名な役者さん、おいでいただければ、みなさん励みになります。」とのことで、すぐに携帯から永島さんのマネージアーを通じてお願いしたら、一も二もなくすぐにOKをいただきました。たまたま、南相馬市の方が東京で永島さんが主宰しています「青空市」に出店していて、関係もあり、話しがトントン拍子で話が進みました。

実は、今週8月27日(土)に、銀座フェニックスプラザ フェニックスホール、東京都中央区銀座3-9-11 紙パルプ会館 http://www.phoenixplaza.co.jp/0/topics/29  で行われる、ハウジングアンドコミュニティ財団主催の第7回「住まいとコミュニティづくりNPO交流会」に小畑さんが上京し、岐阜県中津川市加子母にある118年の歴史を持ち、今の住民や子どもさんが歌舞伎を演じ続けている「明治座」の内木哲朗さん(木曽ヒノキの山守の末裔)と対談していただくことになっています。加子母は、日本で最も美しい心を持った住民と風景があり、南相馬市の人が一時でも心を休めてもらいたい山里です。
さらに、前日、小畑さんは永島さんのマネージャーと日程などの打ち合わせとなり、トントンと話は進んでいます。

たまたま、8月17日にスクリーングパッドの農業ビジネス学部に講義に行った際、永島敏行さんにも直接、お願いし、「ぜひともやらせてください」と謙虚な言葉をいただきました。また、当日はそれを含めて長期にわたる東北支援してくださる予定の20万人も労組の会長も来ていただけることになりました。
 ぜひ、8月27日、時間の都合がつきます方は、この交流会においでください。午前中は対談ですが、午後からは、日本の地域づくりの最先端のお話が聞けますし、全国の方と出会いことができます。
第7回「住まいとコミュニティづくりNPO交流会」のご案内
http://www.hc-zaidan.or.jp/josei/koryu/7.html

なお、こうした東北地域の人の活動がありましたら、ご連絡ください。
ローカルデザイン研究会の義援金は、必要に応じて使っていきたいと思います。

話が長くなりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

鈴木輝隆

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